やさしく、恋が戻ってくる
「誰かに想われる心地よさ」と「自分が誰かを想う熱さ」の違い
茶道部の帰り道、今日子はふと思った。
着物、着てみたいな。
抹茶の香りと静けさの中にいると、自然と背筋が伸びる。
所作ひとつにも意味があるこの世界は、どこか凛としていて好きだった。
その延長線のように、「ちゃんと着物を着られるようになりたい」と思ったのは、つい最近のこと。
スマホで「着付け教室」と検索して、いくつかの教室のサイトを見比べているうちに、胸が高鳴っていた。
「お母さん、あのね……」
夕食の後、思い切って切り出す。
「アルバイトしてみたいなって、思ってるの」
驚いたように目を上げた母・依子が、すぐに口を開く。
「学校、禁止じゃなかったっけ?」
「ううん、大丈夫。成績も落とさないって約束する。カフェで土日だけ……」
声が少し震えた。でも、きちんと自分の気持ちは伝えたかった。
「着付け教室に通いたいの。それと、成人式の着物も、自分で買いたくて……」
依子は少しだけ沈黙して、ゆっくりと微笑んだ。
「……今日子、成長したのね」
「え?」
「成人式の着物なら、お母さんが買ってあげるわよ。そういうのは、お母さんの喜びでもあるから」
「でも、その分、自分が習いたいことにお金を使ってごらん? 着付けでも、茶道でも、何でもいいわ。今日子が選んだ道なら、応援する」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。
「……ありがとう、お母さん」
ぽろっとこぼれた声に、少し涙がにじみそうになる。
着物が着たい。
ただそれだけじゃない。“ちゃんとした女性になりたい”。
その気持ちを、母はちゃんとわかってくれた気がした。
カフェのバイトも、きっと新しい世界になる。
自分の選んだ一歩を、大事に歩いていこうと思った。
カフェの扉を開けると、ベルが軽やかに鳴った。
「おはようございます……!」
少し声が上ずったけれど、なんとか言えた。
店内には、朝の光がやわらかく差し込んでいて、焼きたてのスコーンの匂いがふんわりと漂っている。
「おはよう、今日子ちゃん」
カウンターの奥から、エプロン姿の店長・佐伯美咲さんが優しく微笑んだ。
「ようこそ、はじめての出勤。緊張してる?」
「……ちょっとだけ、はい」
正直に答えると、美咲さんは笑いながら「大丈夫、大丈夫」と小さく手を振った。
「じゃあ、制服に着替えてね。スタッフルーム、こっちね」
案内された奥の小さな部屋で、エプロンをつけて出てくると
「お、新人さん?」
カウンターでコーヒーを淹れていた女性が、気さくに声をかけてきた。
ポニーテールに、くるんとした笑顔。今日子より少し年上に見える。
「春香です、大学三年。今日子ちゃんね、よろしく!」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
「ふふ、緊張してるの、わかるよ〜。私も初日はお皿2枚割ったから!」
「えっ!? だ、大丈夫だったんですか……?」
「うん、でもあとでちゃんと叱られた(笑)」
冗談交じりの春香さんの明るさに、今日子の顔にも自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、最初は洗い物と、テーブルの拭き方から覚えようか」
美咲さんがゆっくりした口調で言うと、今日子は「はいっ」と少し大きな声で返事をした。
背中にエプロンの感触。
お客さんのざわめきと、食器の触れ合う音。
それらすべてが新鮮で、心をまっさらにしてくれるようだった。
着物、着てみたいな。
抹茶の香りと静けさの中にいると、自然と背筋が伸びる。
所作ひとつにも意味があるこの世界は、どこか凛としていて好きだった。
その延長線のように、「ちゃんと着物を着られるようになりたい」と思ったのは、つい最近のこと。
スマホで「着付け教室」と検索して、いくつかの教室のサイトを見比べているうちに、胸が高鳴っていた。
「お母さん、あのね……」
夕食の後、思い切って切り出す。
「アルバイトしてみたいなって、思ってるの」
驚いたように目を上げた母・依子が、すぐに口を開く。
「学校、禁止じゃなかったっけ?」
「ううん、大丈夫。成績も落とさないって約束する。カフェで土日だけ……」
声が少し震えた。でも、きちんと自分の気持ちは伝えたかった。
「着付け教室に通いたいの。それと、成人式の着物も、自分で買いたくて……」
依子は少しだけ沈黙して、ゆっくりと微笑んだ。
「……今日子、成長したのね」
「え?」
「成人式の着物なら、お母さんが買ってあげるわよ。そういうのは、お母さんの喜びでもあるから」
「でも、その分、自分が習いたいことにお金を使ってごらん? 着付けでも、茶道でも、何でもいいわ。今日子が選んだ道なら、応援する」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。
「……ありがとう、お母さん」
ぽろっとこぼれた声に、少し涙がにじみそうになる。
着物が着たい。
ただそれだけじゃない。“ちゃんとした女性になりたい”。
その気持ちを、母はちゃんとわかってくれた気がした。
カフェのバイトも、きっと新しい世界になる。
自分の選んだ一歩を、大事に歩いていこうと思った。
カフェの扉を開けると、ベルが軽やかに鳴った。
「おはようございます……!」
少し声が上ずったけれど、なんとか言えた。
店内には、朝の光がやわらかく差し込んでいて、焼きたてのスコーンの匂いがふんわりと漂っている。
「おはよう、今日子ちゃん」
カウンターの奥から、エプロン姿の店長・佐伯美咲さんが優しく微笑んだ。
「ようこそ、はじめての出勤。緊張してる?」
「……ちょっとだけ、はい」
正直に答えると、美咲さんは笑いながら「大丈夫、大丈夫」と小さく手を振った。
「じゃあ、制服に着替えてね。スタッフルーム、こっちね」
案内された奥の小さな部屋で、エプロンをつけて出てくると
「お、新人さん?」
カウンターでコーヒーを淹れていた女性が、気さくに声をかけてきた。
ポニーテールに、くるんとした笑顔。今日子より少し年上に見える。
「春香です、大学三年。今日子ちゃんね、よろしく!」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
「ふふ、緊張してるの、わかるよ〜。私も初日はお皿2枚割ったから!」
「えっ!? だ、大丈夫だったんですか……?」
「うん、でもあとでちゃんと叱られた(笑)」
冗談交じりの春香さんの明るさに、今日子の顔にも自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、最初は洗い物と、テーブルの拭き方から覚えようか」
美咲さんがゆっくりした口調で言うと、今日子は「はいっ」と少し大きな声で返事をした。
背中にエプロンの感触。
お客さんのざわめきと、食器の触れ合う音。
それらすべてが新鮮で、心をまっさらにしてくれるようだった。