やさしく、恋が戻ってくる
「今日子ちゃん、来週の映画、来れる?」
グループに藤木くんから軽やかに送られてきたメッセージに、今日子は指先を止めた。
浩司だったら、こんな風に誘ってくれるかな。
思い浮かべて、でもすぐにスマホを閉じる。
最近、浩司とはあまり話せていない。
一週間前、「新人研修の一環で、地方の営業所に1ヶ月ほど行くことになった」とだけメッセージが届いた。
「了解しました。気を付けてね」忙しいだろうと思って返信を控えていたけど、それ以来、連絡はつかないまま。
きっと、がんばってるんだよね。
私も、ちゃんと前を向かなきゃ。
そう思って、グループの予定に「行けそう」と返信した。
それからというもの、遊園地グループでの集まりに誘われる機会が増えた。
藤木くんは、あくまでさりげなく。
だけど、今日子が来るたびに隣にいる時間が自然と多くなっていた。
「今日子ちゃん、これ好きそうだなって思って」
カフェで会ったとき、さりげなく差し出された雑誌の切り抜きには、着物好きの今日子が以前話していた、アンティーク着物展の情報が載っていた。
(……ちゃんと、覚えててくれたんだ)
ドキリとしたその気持ちに、自分でも少し戸惑ってしまう。
でも、それは浩司への想いが揺らいだわけではなくて。
ただ、ちゃんと向き合ってくれる誰かが「ここにいる」という事実が、今の今日子にとっては、静かに沁み込んでくるようだった。
「やっぱり来てよかったね」
藤木くんが、紅茶のカップを置いて言った。
アンティーク着物展。
以前話したことを覚えてくれていた藤木くんが、さりげなく誘ってくれた。
“ふたりきり”で会うのは、これが初めてだった。
「うん……ほんとに。すごくきれいだった。特にあの明治時代の刺繍……」
「うんうん、目をキラキラさせて見てたね。……今日子ちゃんが喜んでくれて、嬉しかった」
その言葉に、今日子はふと目を伏せた。
(こうちゃんも……前は、こんなふうに、私の話にちゃんと耳を傾けてくれてた)
けれど、もう何日も連絡はない。
「おつかれ」「無理しないでね」そんな短いメッセージでさえ、今は届かない。
「……最近ね、ちょっとだけ、苦しいなって思ってた」
不意にこぼれた言葉に、藤木は黙って頷いた。
「待ってても、声が聞こえなくて。信じてるけど、どこにいるかも、何してるかもわからなくて……」
「……今日子ちゃん」
「……ごめん、なんか変なこと言ってるよね」
「ううん。嬉しいよ。ちゃんと、そういうこと話してくれるって」
静かな店内。
窓の外では、オレンジ色の光がゆっくりと街を包み込んでいた。
「今日子ちゃんの気持ち、全部はわからないけど……俺は、ちゃんと“今の”今日子ちゃんを見てるよ」
その言葉に、なぜか涙が出そうになった。
(わたし、見てほしかったんだ。誰かに……じゃない、“こうちゃん”に)
けれど、見てくれているのは、今ここにいる藤木くんだった。
そして、その視線はやさしくて、あたたかくて、まっすぐだった。
(この人の隣にいると、私は……少し安心できる)
ほんの小さな、でも確かな心の変化が、今日子の中にそっと芽を出した。
グループに藤木くんから軽やかに送られてきたメッセージに、今日子は指先を止めた。
浩司だったら、こんな風に誘ってくれるかな。
思い浮かべて、でもすぐにスマホを閉じる。
最近、浩司とはあまり話せていない。
一週間前、「新人研修の一環で、地方の営業所に1ヶ月ほど行くことになった」とだけメッセージが届いた。
「了解しました。気を付けてね」忙しいだろうと思って返信を控えていたけど、それ以来、連絡はつかないまま。
きっと、がんばってるんだよね。
私も、ちゃんと前を向かなきゃ。
そう思って、グループの予定に「行けそう」と返信した。
それからというもの、遊園地グループでの集まりに誘われる機会が増えた。
藤木くんは、あくまでさりげなく。
だけど、今日子が来るたびに隣にいる時間が自然と多くなっていた。
「今日子ちゃん、これ好きそうだなって思って」
カフェで会ったとき、さりげなく差し出された雑誌の切り抜きには、着物好きの今日子が以前話していた、アンティーク着物展の情報が載っていた。
(……ちゃんと、覚えててくれたんだ)
ドキリとしたその気持ちに、自分でも少し戸惑ってしまう。
でも、それは浩司への想いが揺らいだわけではなくて。
ただ、ちゃんと向き合ってくれる誰かが「ここにいる」という事実が、今の今日子にとっては、静かに沁み込んでくるようだった。
「やっぱり来てよかったね」
藤木くんが、紅茶のカップを置いて言った。
アンティーク着物展。
以前話したことを覚えてくれていた藤木くんが、さりげなく誘ってくれた。
“ふたりきり”で会うのは、これが初めてだった。
「うん……ほんとに。すごくきれいだった。特にあの明治時代の刺繍……」
「うんうん、目をキラキラさせて見てたね。……今日子ちゃんが喜んでくれて、嬉しかった」
その言葉に、今日子はふと目を伏せた。
(こうちゃんも……前は、こんなふうに、私の話にちゃんと耳を傾けてくれてた)
けれど、もう何日も連絡はない。
「おつかれ」「無理しないでね」そんな短いメッセージでさえ、今は届かない。
「……最近ね、ちょっとだけ、苦しいなって思ってた」
不意にこぼれた言葉に、藤木は黙って頷いた。
「待ってても、声が聞こえなくて。信じてるけど、どこにいるかも、何してるかもわからなくて……」
「……今日子ちゃん」
「……ごめん、なんか変なこと言ってるよね」
「ううん。嬉しいよ。ちゃんと、そういうこと話してくれるって」
静かな店内。
窓の外では、オレンジ色の光がゆっくりと街を包み込んでいた。
「今日子ちゃんの気持ち、全部はわからないけど……俺は、ちゃんと“今の”今日子ちゃんを見てるよ」
その言葉に、なぜか涙が出そうになった。
(わたし、見てほしかったんだ。誰かに……じゃない、“こうちゃん”に)
けれど、見てくれているのは、今ここにいる藤木くんだった。
そして、その視線はやさしくて、あたたかくて、まっすぐだった。
(この人の隣にいると、私は……少し安心できる)
ほんの小さな、でも確かな心の変化が、今日子の中にそっと芽を出した。