やさしく、恋が戻ってくる
時計は23時を回っていた。
一日中、外回りで歩き通し。
先輩との飲み会を終えて、浩司はやっと一人になった部屋のベッドに沈み込む。

スーツを脱ぐのも面倒で、ネクタイをゆるめたままスマホを手に取る。

(今日子……)

久しぶりに彼女のトーク画面を開くと、そこには未読のメッセージがひとつ、静かに届いていた。

《こうちゃんへ》

……瞬間、心臓が跳ねた。

指先が少し震える。画面をタップするのが怖かった。
けれど、見ないふりをしてきた日々は、もう終わらせなければいけなかった。

メッセージを開く。
そして、読み終えるまでに、何度もまばたきしながら、
喉の奥を何度も鳴らしながら、必死で“平静”を装おうとした。

けれど、読み終えた瞬間、

スマホを持つ手が、ベッドの上に落ちた。

しん、とした部屋の中。
何も音はないのに、耳の奥で脈打つような鼓動だけがうるさく響いていた。

(……終わった)

言葉にならない。

「そうか」とも「仕方ない」とも言えない。ただ、胸の奥に冷たい空洞がぽっかりと広がっていく。

会いたいと思っていた。声を聞きたいと思っていた。
けれど、言い訳ばかりが先に立ち、何ひとつ届けられなかった。

(好きだったのに)

好きだったから、信じてた。
好きだったから、安心してた。
けれど彼女は、その“安心”の中で、少しずつ、ひとりきりになっていたんだ。

気づいていた。
けど、怖くて、向き合わなかった。

「……俺、何してたんだよ」

ぽつりと漏れた声が、ホテルの壁に虚しく響く。

部屋の灯りを消しても、目は冴えたまま眠れなかった。
あたたかかったはずの今日子の存在が、指の隙間から、静かにこぼれ落ちていく。

それでもスマホの画面には、最後の一文が、今も変わらず残っていた。

「今まで、ありがとう。」

それが、一番重かった。



スマホの画面は、まだ今日子の最後のメッセージのまま、微かな光を放っている。

《……これが、最後のメッセージになります。》

その一文が、静かに、鋭く胸に刺さる。

「……最後なんて、言うなよ」

声に出しても、彼女には届かない。
指先がメッセージ欄に伸びる。
けれど、何を送ればいいのかがわからない。

「待たせてごめん」じゃ足りない。
「会いたい」じゃ軽すぎる。
「好きだ」なんて今さら言葉にして、彼女の心を取り戻せるとも思えない。

何を書いても、空回りする気がした。

(言葉が、見つからない……)

そして、自分がどれだけ「言葉にしてこなかったか」にも、ようやく気づいた。

会っても、好きだなんて言わなかった。抱きしめても、それがどれほど大切な意味を持つか、伝えてこなかった。
「大丈夫だろ」って、ずっと甘えてた。

(あいつ、ずっと一人で我慢してたんだ)

スマホの画面を閉じて、浩司は天井を見つめたまま、深く息を吐いた。

苦しい。
悔しい。
けれど、それでも

「……まだ終わらせない。勝手に終わらせてたまるか」

静かに、でも確かな声で、浩司はそうつぶやいた。

もう一度向き合いたい。
過去に戻るんじゃない。
今の今日子に、もう一度“惚れて”、もう一度“向き合い直す”。

今度は、「待たせる」んじゃなく、「迎えに行く」。

彼女が誰かの隣にいたとしても。
その手がもう、自分を選ばないかもしれなくても。

それでも。

「本当に愛してる」って、今なら言える気がした。
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