やさしく、恋が戻ってくる
気づけば、夫婦ふたりきりで食卓を囲むことさえ、特別なことのように思えていた。
帰り道の高速道路は、夕焼けに染まっていた。
季節は春。けれど空気にはまだ少し冷たさが残っていて、車内は静かだった。
朱里を寮に送り届けたあと、私たちは言葉少なに帰路についた。
浩司がハンドルを握る横顔を、何度かこっそりと見つめた。
ずっと無言だったけれど、彼の中にも何かしらの余韻が残っているのだろうと、
なんとなくわかった。
「……夕飯、どうする?」
助手席の私がふいに口を開くと、浩司は短く「ん」と頷いて、次のインターを降りた。
立ち寄ったのは、昔からあるファミリーレストランだった。
朱里が小さい頃、家族三人で何度も通った場所。
ハンバーグを分け合って、キッズプレートを頼んで、
ジュースのストローをふたつにして、私と飲み比べっこをしていた頃。
あの小さな手を、私はつい最近まで握っていたような気がするのに。
今はもう、あの子の背中を見送るだけになってしまった。
「……とりあえず、俺は唐揚げ定食」
メニューから顔を上げた浩司が、変わらない声でそう言った。
「私は……サラダとパスタにしようかな」
食事が運ばれてきても、ふたりともあまり多くは話さなかった。
ただ、目の前のごはんを静かに口に運ぶ。
朱里がいたときは、もっとにぎやかだった。
話題も、笑い声も、テーブルの上にあふれていたのに。
ふと、浩司が言った。
「……朱里、ちゃんとやれるよな」
「うん」
私は頷いた。
「大丈夫。ちゃんと、あの子はひとりで歩いていける」
そう言いながら、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
食後のコーヒーを口にしたとき、
私たちはやっと、ふたりきりになったことを実感した。
家族三人の時間は終わって、
これからは、夫婦ふたりの時間が戻ってくる。
それが少し怖くて、
でもほんの少し、楽しみでもある。
その夜の帰り道、私は車窓に映る自分の顔をそっと見つめていた。
夜のマンションに戻ると、やはりどこか空虚だった。
玄関を開けたときの「ただいま」に返ってくる声がない。
リビングのソファには朱里のリュックも制服もなく、
テレビも、もう自分たちのためにはつけなくなっていたことに、気づかされる。
「……お風呂、沸いたわよ」
キッチンに立っていた今日子が声をかけると、
浩司は「そうか」とだけ返して、静かに立ち上がった。
「じゃ、お先に」
浴室のドアが閉まる音がした瞬間、ふうっと、ひとつ息を吐いた。
今夜から、本当にふたりきりなのだ。
テレビのリモコンを取る手が止まり、ソファに腰を下ろした今日子は、足元のラグに視線を落とした。
朱里の笑い声が、耳の奥に残っている気がする。
あの子が生まれてから、浩司とふたりだけの夜なんて、どれだけ久しぶりだろう。
思い出せないほど昔のことのような気がした。
けれど今夜、再びそれが始まる。
帰り道の高速道路は、夕焼けに染まっていた。
季節は春。けれど空気にはまだ少し冷たさが残っていて、車内は静かだった。
朱里を寮に送り届けたあと、私たちは言葉少なに帰路についた。
浩司がハンドルを握る横顔を、何度かこっそりと見つめた。
ずっと無言だったけれど、彼の中にも何かしらの余韻が残っているのだろうと、
なんとなくわかった。
「……夕飯、どうする?」
助手席の私がふいに口を開くと、浩司は短く「ん」と頷いて、次のインターを降りた。
立ち寄ったのは、昔からあるファミリーレストランだった。
朱里が小さい頃、家族三人で何度も通った場所。
ハンバーグを分け合って、キッズプレートを頼んで、
ジュースのストローをふたつにして、私と飲み比べっこをしていた頃。
あの小さな手を、私はつい最近まで握っていたような気がするのに。
今はもう、あの子の背中を見送るだけになってしまった。
「……とりあえず、俺は唐揚げ定食」
メニューから顔を上げた浩司が、変わらない声でそう言った。
「私は……サラダとパスタにしようかな」
食事が運ばれてきても、ふたりともあまり多くは話さなかった。
ただ、目の前のごはんを静かに口に運ぶ。
朱里がいたときは、もっとにぎやかだった。
話題も、笑い声も、テーブルの上にあふれていたのに。
ふと、浩司が言った。
「……朱里、ちゃんとやれるよな」
「うん」
私は頷いた。
「大丈夫。ちゃんと、あの子はひとりで歩いていける」
そう言いながら、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
食後のコーヒーを口にしたとき、
私たちはやっと、ふたりきりになったことを実感した。
家族三人の時間は終わって、
これからは、夫婦ふたりの時間が戻ってくる。
それが少し怖くて、
でもほんの少し、楽しみでもある。
その夜の帰り道、私は車窓に映る自分の顔をそっと見つめていた。
夜のマンションに戻ると、やはりどこか空虚だった。
玄関を開けたときの「ただいま」に返ってくる声がない。
リビングのソファには朱里のリュックも制服もなく、
テレビも、もう自分たちのためにはつけなくなっていたことに、気づかされる。
「……お風呂、沸いたわよ」
キッチンに立っていた今日子が声をかけると、
浩司は「そうか」とだけ返して、静かに立ち上がった。
「じゃ、お先に」
浴室のドアが閉まる音がした瞬間、ふうっと、ひとつ息を吐いた。
今夜から、本当にふたりきりなのだ。
テレビのリモコンを取る手が止まり、ソファに腰を下ろした今日子は、足元のラグに視線を落とした。
朱里の笑い声が、耳の奥に残っている気がする。
あの子が生まれてから、浩司とふたりだけの夜なんて、どれだけ久しぶりだろう。
思い出せないほど昔のことのような気がした。
けれど今夜、再びそれが始まる。