やさしく、恋が戻ってくる
夫と妻。だけどそれだけじゃない。
どこかで、男と女に戻れるかもしれない時間。

それがこわいと思ってしまう自分と、
どこかでそれを望んでいる自分。

遠くで、浴室の給湯器がピッと鳴る音がした。
たぶん、もうすぐ浩司が出てくる。

なにげない夜のはじまり。
でも今夜から、なにかが少しずつ変わっていく予感がしていた。

バスルームの扉が開いて、浩司が髪をタオルで拭きながら出てきた。
いつも通りの、無造作なTシャツとスウェット姿。

今日子は、そっとクローゼットから薄手のナイトウェアを取り出した。
数年前に買って、しまい込んでいたもの。
シンプルだけれど、どこか女らしいシルエットのそれを、
なぜか今夜は着てみたくなった。

鏡の前に立ち、胸元のリボンを整える。
もう“女”として見られることなんてないかもしれない、と思いながら、
それでも、ほんの少しだけ期待してしまう自分がいた。

リビングの灯りを消し、寝室に向かう。
ベッドの片側には、すでに浩司が横になっていた。

「……おやすみ」

そう声をかけて、布団に入ろうとしたそのときだった。

背後から、
そっと、あたたかい腕が伸びてきた。
「今日子……」

静かな声とともに、
浩司が後ろから今日子を抱きしめた。

びくりと身体がこわばる。
けれど、拒めなかった。
むしろ、そのぬくもりを、ずっと待っていたような気がした。
「おやすみ」ともう一度、小さくささやかれたその言葉は、
どこか震えているようにも聞こえて、
今日子の胸の奥が、ゆっくりとほどけていく。

この腕の中で眠るのは、いったい、どれくらいぶりだろう。

眠れない夜になりそうだと思いながらも
今日子はそっと目を閉じた。

こうして、ふたりきりの夜が、ふたたび始まった。
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