やさしく、恋が戻ってくる
浩司は、少し何かを思い出したように、ポケットに手を入れる。
「……そうだ。これ、渡しておこうと思って」
手のひらの上に乗せられたのは、銀色の小さな鍵だった。
今日子は目を見開く。
「……これって」
「うん。合鍵。……ここ、俺の部屋の」
驚きと、なにか込み上げるもので、今日子は一歩も動けなかった。
浩司は、彼女の視線にまっすぐ向き合って、言葉を続ける。
「でも、これには条件がある」
今日子は、息を呑んだまま見つめ返す。
「午後7時を過ぎても、俺が帰れないときは、ちゃんと自宅に帰ること。ここでひとりで待つことは、絶対にしない」
「……こうちゃん」
「俺が今日子を大切にしたいのと同じくらい、今日子には自分の未来もちゃんと大切にしてほしい」
その声は、ただの恋人の言葉じゃなかった。人生の先を見ている、大人の男の覚悟だった。
「……大学に、ちゃんと入ること。それが、今の今日子にとって、いちばん大事なことだろ?」
今日子は唇を噛んで、そっと頷いた。
「……わかった。約束する」
浩司は、少しだけ表情を緩めて、そっと鍵を彼女の掌に乗せた。
「それさえ守ってくれたら、あとはいつ来てもいい。ここは、今日子の部屋でもあるから」
(“今日子の部屋”……)
その言葉が、胸の奥にそっと灯った。
守られているような、信じてもらえているような、言葉にならない安心感が、じんわりと広がっていく。
「ありがとう、こうちゃん……」
彼女は、鍵を胸にそっと抱きしめた。
それはまるで、心の奥に新しい扉が開いたような瞬間だった。
浩司が時計をちらりと見てから、ソファに座っている今日子の隣で、ぽつりとつぶやいた。
「……なあ、どっか寄って、飯でも食って行くか?」
今日子は少し驚いた顔で彼を見た。
「えっ……いいの?」
「もちろん」
そう言って、少しだけ笑う。
「このまま帰すには……今日はちょっと、重い話しすぎた気がしてな。気分、変えよう」
今日子はその言葉に、ふっと笑みを返した。
「うん、行きたい。……こうちゃんと」
浩司はゆっくり立ち上がって、上着を手に取りながら、続ける。
「帰りは送っていく。心配だからな」
今日子は、そっと頷いて、バッグを肩にかけた。
(大丈夫。今日は、ちゃんと向き合えたから)
そう思いながら、彼の隣に並んだ。
食事を終えたあと、ふたりは並んで夜の街を歩いていた。
指先をつなぐように握った手は、
ひんやりした夜風のなかでも、変わらず温かい。
しばらく歩いたあと、浩司がぽつりと口を開いた。
「……今日子」
「うん?」
彼は少しだけ歩みを緩めて、斜め後ろから彼女を見つめた。
「俺さ、今……本気で一級建築士を目指してる」
今日子はその言葉に、まっすぐ顔を向けた。
「うん、知ってるよ。いつも夜遅くまで図面描いたり、勉強してたり……」
浩司はふっと笑った。
「正直、今の職場はハードだし、先輩たちも厳しい。でも、ちゃんとした現場で経験積んで、資格を取って、
もっと大きなプロジェクトにも関われるようになりたいんだ」
その声には、静かだけど確かな熱があった。
「資格を取れば、設計にもっと深く関われるし、将来、チームのリーダーになれる。……そうすれば、
“誰かと暮らす家”の設計を、自分の手でやれるかもしれない」
今日子は、足を止めた。
「……誰かと、って」
「お前だよ」
あまりにも自然に言われて、胸がドクンと鳴った。
「……こうちゃん」
「俺は、今すぐどうこうしたいって思ってるわけじゃない。でもいつか、ちゃんと迎えられるようになりたい。
だから、いまは、夢中で頑張ってる」
今日子はその言葉を、胸の奥でゆっくりと受け止めた。
「……わたしも、頑張るね。
大学受験、ちゃんと乗り越えて……堂々とこうちゃんの隣に立てるようになりたい」
浩司はその言葉を聞いて、やさしく微笑んだ。
「……それが聞けて、うれしいよ」
そっと、今日子の手を引いて歩き出す。
ふたりの影が、夜の歩道にゆっくりと伸びていた。
「……そうだ。これ、渡しておこうと思って」
手のひらの上に乗せられたのは、銀色の小さな鍵だった。
今日子は目を見開く。
「……これって」
「うん。合鍵。……ここ、俺の部屋の」
驚きと、なにか込み上げるもので、今日子は一歩も動けなかった。
浩司は、彼女の視線にまっすぐ向き合って、言葉を続ける。
「でも、これには条件がある」
今日子は、息を呑んだまま見つめ返す。
「午後7時を過ぎても、俺が帰れないときは、ちゃんと自宅に帰ること。ここでひとりで待つことは、絶対にしない」
「……こうちゃん」
「俺が今日子を大切にしたいのと同じくらい、今日子には自分の未来もちゃんと大切にしてほしい」
その声は、ただの恋人の言葉じゃなかった。人生の先を見ている、大人の男の覚悟だった。
「……大学に、ちゃんと入ること。それが、今の今日子にとって、いちばん大事なことだろ?」
今日子は唇を噛んで、そっと頷いた。
「……わかった。約束する」
浩司は、少しだけ表情を緩めて、そっと鍵を彼女の掌に乗せた。
「それさえ守ってくれたら、あとはいつ来てもいい。ここは、今日子の部屋でもあるから」
(“今日子の部屋”……)
その言葉が、胸の奥にそっと灯った。
守られているような、信じてもらえているような、言葉にならない安心感が、じんわりと広がっていく。
「ありがとう、こうちゃん……」
彼女は、鍵を胸にそっと抱きしめた。
それはまるで、心の奥に新しい扉が開いたような瞬間だった。
浩司が時計をちらりと見てから、ソファに座っている今日子の隣で、ぽつりとつぶやいた。
「……なあ、どっか寄って、飯でも食って行くか?」
今日子は少し驚いた顔で彼を見た。
「えっ……いいの?」
「もちろん」
そう言って、少しだけ笑う。
「このまま帰すには……今日はちょっと、重い話しすぎた気がしてな。気分、変えよう」
今日子はその言葉に、ふっと笑みを返した。
「うん、行きたい。……こうちゃんと」
浩司はゆっくり立ち上がって、上着を手に取りながら、続ける。
「帰りは送っていく。心配だからな」
今日子は、そっと頷いて、バッグを肩にかけた。
(大丈夫。今日は、ちゃんと向き合えたから)
そう思いながら、彼の隣に並んだ。
食事を終えたあと、ふたりは並んで夜の街を歩いていた。
指先をつなぐように握った手は、
ひんやりした夜風のなかでも、変わらず温かい。
しばらく歩いたあと、浩司がぽつりと口を開いた。
「……今日子」
「うん?」
彼は少しだけ歩みを緩めて、斜め後ろから彼女を見つめた。
「俺さ、今……本気で一級建築士を目指してる」
今日子はその言葉に、まっすぐ顔を向けた。
「うん、知ってるよ。いつも夜遅くまで図面描いたり、勉強してたり……」
浩司はふっと笑った。
「正直、今の職場はハードだし、先輩たちも厳しい。でも、ちゃんとした現場で経験積んで、資格を取って、
もっと大きなプロジェクトにも関われるようになりたいんだ」
その声には、静かだけど確かな熱があった。
「資格を取れば、設計にもっと深く関われるし、将来、チームのリーダーになれる。……そうすれば、
“誰かと暮らす家”の設計を、自分の手でやれるかもしれない」
今日子は、足を止めた。
「……誰かと、って」
「お前だよ」
あまりにも自然に言われて、胸がドクンと鳴った。
「……こうちゃん」
「俺は、今すぐどうこうしたいって思ってるわけじゃない。でもいつか、ちゃんと迎えられるようになりたい。
だから、いまは、夢中で頑張ってる」
今日子はその言葉を、胸の奥でゆっくりと受け止めた。
「……わたしも、頑張るね。
大学受験、ちゃんと乗り越えて……堂々とこうちゃんの隣に立てるようになりたい」
浩司はその言葉を聞いて、やさしく微笑んだ。
「……それが聞けて、うれしいよ」
そっと、今日子の手を引いて歩き出す。
ふたりの影が、夜の歩道にゆっくりと伸びていた。