やさしく、恋が戻ってくる
麻里子のマンションは、白を基調にした落ち着いた空間だった。
食後のワインとケーキで、ささやかな誕生日会。キャンドルの炎がゆらゆらと揺れて、今日子はふっと微笑んだ。
「お誕生日、おめでとう、今日子」
「ありがとう、麻里ちゃん……貴之さんも」
「今日子さん、これ、プレゼント」
そう言って差し出された誕生日の祝いのホールケーキ。今日子の好みを、麻里子がきちんと伝えてくれていたのだとわかる。
「うれしい……ありがとう」
ワインがじんわり身体にまわって、気づけば今日子はふわりと笑っていた。
「旦那さんには、見せたい顔だね」
ふと麻里子が言った。今日子は目を瞬かせる。
「……そうかも」
「もったいないよ。こんなに可愛いのに」
思わぬ言葉に、今日子は照れ笑いを浮かべた。
「今日子さんのほうから、ちょっとだけ甘えてみたら?」
「……甘える?」
「うん。“こうちゃん、今日子のこと、まだ好き?”って」
冗談めかして言った貴之に、今日子はくすっと笑った。
「そんな可愛いこと、今さら……」
「“今さら”だから効くんだよ、きっと」
今日子の肩が、小さく震えていた。
「私……もう“女”として見られてないのかなって……わかってるの。年齢とか、いろんなこと……
でも、それでも……やっぱり、女として、愛されたいの」
ソファの端に腰を下ろしていた貴之は、そっとグラスを置き、しばらく黙って今日子の横顔を見つめていた。
泣きじゃくるでもなく、声を殺して涙をこぼすでもなく、ただ静かに、でも確かに、胸の奥から絞り出すような言葉。
その想いの深さに、彼は真剣に向き合おうとしていた。
「でもね、今日子さん。
“まだ女でいたい”って、そうやって泣ける気持ちがあるなら、それだけで十分なんですよ。
本気でそう願えるあなたは、今もちゃんと、女としての輝きを失っていない。
僕には、そう見えます」
今日子はゆっくりと顔を上げた。
視線の先にある貴之の表情には、同情でも慰めでもなく、ただ、まっすぐなまなざしがあった。
「男だって、同じなんです」
彼は穏やかに言葉を続けた。
「加齢だって、見た目だって、体力だって、確かに衰えてくる。でも、それでも……男はいつだって、たったひとりの愛する人に、すべてを捧げたいって思ってる。
どんな姿になっても、“その人のための男”でありたいんですよ」
今日子の目に、ふっと涙がにじんだ。
誰かに理解してもらえるだけで、こんなにも心が温まるのかと、自分でも驚く。
「浩司さんも、そうなんじゃないかな」
貴之はふと、少しだけ声を柔らかくして言った。
「彼なりに、今日子さんを大事に思っている。
たとえ不器用でも、伝え方が下手でも……大切にしている気持ちは、きっとある。
それを信じてあげても、いいと思いますよ」
彼の声が、ゆっくりと落ちていく。
「自分が必要とされてるって感じる瞬間ほど、男が動く時はないんです」
今日子の瞳が、涙を含んだまま揺れた。
その言葉が、じんわりと胸に染みていく。
「麻里ちゃんが……惚れた理由が、わかった気がします」
少しだけ、冗談めかした口調に変えた彼の言葉に、今日子の頬がかすかに緩んだ。
こうちゃんに、もう一度だけ、気持ちを向けてみる。
その勇気が、ほんの少しだけ湧いてきた。
貴之がキッチンにワインを取りに立った隙に、麻里子がソファに寄り添ってきた。
「今日ちゃん、はい、これ」
差し出されたのは、小さなリボンのついた紙袋だった。
「え? なに?」
不思議そうに受け取ると、麻里子は小声で笑う。
「貴之さんの前では渡せなかったやつ」
袋を開けると、そこには淡いローズベージュの、シルクのナイトドレスがふんわりとたたまれていた。
肩の部分には繊細なレース。さらりとした質感と上品な光沢が、触れた指先からも伝わってくる。
「……麻里ちゃん、これ……」
「今日ちゃんが“女の顔”してくれるの、久しぶりに見せたくない?」
麻里子は少しだけいたずらっぽく笑った。
「こうちゃんに、見せなよ。
今日ちゃんが、まだ女であるってこと。ちゃんと、伝えてあげて」
今日子は言葉に詰まり、しばらくナイトドレスを見つめたまま黙っていた。
でもその胸には、確かにあたたかい何かが灯り始めていた。
「……ありがとう、麻里ちゃん」
「ねえ、今日ちゃん。私は知ってるよ。
こうちゃんも、きっと同じくらい、今日ちゃんのこと……好きなままだと思う」
ゆっくり、深く、頷く。
そのまま、ふと眠気に襲われた今日子は、麻里子の用意してくれたベッドに身を預けた。
(……こうちゃんに、会いたいな)
そう思いながら、目を閉じた。
夜の静けさが、優しく包み込んでくれていた。
食後のワインとケーキで、ささやかな誕生日会。キャンドルの炎がゆらゆらと揺れて、今日子はふっと微笑んだ。
「お誕生日、おめでとう、今日子」
「ありがとう、麻里ちゃん……貴之さんも」
「今日子さん、これ、プレゼント」
そう言って差し出された誕生日の祝いのホールケーキ。今日子の好みを、麻里子がきちんと伝えてくれていたのだとわかる。
「うれしい……ありがとう」
ワインがじんわり身体にまわって、気づけば今日子はふわりと笑っていた。
「旦那さんには、見せたい顔だね」
ふと麻里子が言った。今日子は目を瞬かせる。
「……そうかも」
「もったいないよ。こんなに可愛いのに」
思わぬ言葉に、今日子は照れ笑いを浮かべた。
「今日子さんのほうから、ちょっとだけ甘えてみたら?」
「……甘える?」
「うん。“こうちゃん、今日子のこと、まだ好き?”って」
冗談めかして言った貴之に、今日子はくすっと笑った。
「そんな可愛いこと、今さら……」
「“今さら”だから効くんだよ、きっと」
今日子の肩が、小さく震えていた。
「私……もう“女”として見られてないのかなって……わかってるの。年齢とか、いろんなこと……
でも、それでも……やっぱり、女として、愛されたいの」
ソファの端に腰を下ろしていた貴之は、そっとグラスを置き、しばらく黙って今日子の横顔を見つめていた。
泣きじゃくるでもなく、声を殺して涙をこぼすでもなく、ただ静かに、でも確かに、胸の奥から絞り出すような言葉。
その想いの深さに、彼は真剣に向き合おうとしていた。
「でもね、今日子さん。
“まだ女でいたい”って、そうやって泣ける気持ちがあるなら、それだけで十分なんですよ。
本気でそう願えるあなたは、今もちゃんと、女としての輝きを失っていない。
僕には、そう見えます」
今日子はゆっくりと顔を上げた。
視線の先にある貴之の表情には、同情でも慰めでもなく、ただ、まっすぐなまなざしがあった。
「男だって、同じなんです」
彼は穏やかに言葉を続けた。
「加齢だって、見た目だって、体力だって、確かに衰えてくる。でも、それでも……男はいつだって、たったひとりの愛する人に、すべてを捧げたいって思ってる。
どんな姿になっても、“その人のための男”でありたいんですよ」
今日子の目に、ふっと涙がにじんだ。
誰かに理解してもらえるだけで、こんなにも心が温まるのかと、自分でも驚く。
「浩司さんも、そうなんじゃないかな」
貴之はふと、少しだけ声を柔らかくして言った。
「彼なりに、今日子さんを大事に思っている。
たとえ不器用でも、伝え方が下手でも……大切にしている気持ちは、きっとある。
それを信じてあげても、いいと思いますよ」
彼の声が、ゆっくりと落ちていく。
「自分が必要とされてるって感じる瞬間ほど、男が動く時はないんです」
今日子の瞳が、涙を含んだまま揺れた。
その言葉が、じんわりと胸に染みていく。
「麻里ちゃんが……惚れた理由が、わかった気がします」
少しだけ、冗談めかした口調に変えた彼の言葉に、今日子の頬がかすかに緩んだ。
こうちゃんに、もう一度だけ、気持ちを向けてみる。
その勇気が、ほんの少しだけ湧いてきた。
貴之がキッチンにワインを取りに立った隙に、麻里子がソファに寄り添ってきた。
「今日ちゃん、はい、これ」
差し出されたのは、小さなリボンのついた紙袋だった。
「え? なに?」
不思議そうに受け取ると、麻里子は小声で笑う。
「貴之さんの前では渡せなかったやつ」
袋を開けると、そこには淡いローズベージュの、シルクのナイトドレスがふんわりとたたまれていた。
肩の部分には繊細なレース。さらりとした質感と上品な光沢が、触れた指先からも伝わってくる。
「……麻里ちゃん、これ……」
「今日ちゃんが“女の顔”してくれるの、久しぶりに見せたくない?」
麻里子は少しだけいたずらっぽく笑った。
「こうちゃんに、見せなよ。
今日ちゃんが、まだ女であるってこと。ちゃんと、伝えてあげて」
今日子は言葉に詰まり、しばらくナイトドレスを見つめたまま黙っていた。
でもその胸には、確かにあたたかい何かが灯り始めていた。
「……ありがとう、麻里ちゃん」
「ねえ、今日ちゃん。私は知ってるよ。
こうちゃんも、きっと同じくらい、今日ちゃんのこと……好きなままだと思う」
ゆっくり、深く、頷く。
そのまま、ふと眠気に襲われた今日子は、麻里子の用意してくれたベッドに身を預けた。
(……こうちゃんに、会いたいな)
そう思いながら、目を閉じた。
夜の静けさが、優しく包み込んでくれていた。