やさしく、恋が戻ってくる
呼吸が静まり、ふたりの間に柔らかな沈黙が降りた。

ベッドに横たわる今日子の輪郭を、浩司は片腕の中でそっと感じ取る。
濡れた髪、火照った頬、胸元に残る自分の痕。
そのすべてが、たまらなく愛おしかった。

「やっと……戻ってきてくれたな」

心の中で、そう呟いた。
三年間、触れられなかったのは、ただ身体だけじゃない。
今日子の心に触れる術を、いつの間にか見失っていたのだと、今になって思い知る。

けれど、
こうして、彼女が自分の腕の中で眠ろうとしている。
震えながらも甘えた声を漏らし、呼吸を重ね、名を呼んでくれた。

「俺は、ずっと今日子を“女”として愛していた」
その想いを、もっと早く伝えられていたらと悔やむ一方で、
今この瞬間こそが、ふたりにとって“始まり”なのだと、強く感じていた。

浩司はそっと今日子の指に口づけ、もう一度、胸に抱き寄せた。
このぬくもりを、二度と手放すものか。
若い頃のような激しさではなく、ただ奪うような情熱でもない。
もっと深く、もっと静かに、彼女を包み込みたい。
傷ついた時間ごと、愛してやりたいと願っている。

「誰にも渡すつもりはないよ」
そう思うのは、独占欲じゃない。ただ.....
彼女が、誰よりも“今日子らしく”いられる場所を、俺が守りたいだけだ。
あの涙も、あの震えも、そしてこの満ち足りた表情も。
すべてを知るこの腕で、今日子を未来へ連れていく。
それが、俺にできるたったひとつの“愛し方”なのだと、今ははっきりと言える。



いつの間にか朝の光が、レースのカーテン越しにやさしく射し込んでいた。
カーテンが揺れるたびに、ほんのりと晩夏の風が部屋を撫でていく。

今日子が目を覚ましたとき、隣にはまだ浩司のぬくもりが残っていた。
シーツの中、指先に触れる彼の手をそっと握ると、浩司もゆっくりと目を開ける。

「……おはよう」
「おはよう、こうちゃん」

どちらからともなく微笑み合ったその朝は、ただそれだけで、何もかもが満ちていた。

身支度を整え、朝食のあと。ソファに座った今日子に、浩司が一枚の封筒を差し出した。

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