やさしく、恋が戻ってくる
寝室の照明を落とし、隣のベッドに横たわる今日子の背中を、浩司は目を閉じたまま意識していた。
何も言わなくても、そこにいる。それだけで安心できたのは、昔の話だ。

朱里が生まれてから、ふたりの関係は少しずつ変わった。
育児に追われて、夜はいつも疲れていて。
「ごめんね、今日は無理……」
その言葉を、何度聞いただろう。

最初は我慢しようと思った。彼女の負担を考えれば当然のことだった。
でも、回数が減って、間が空いて、やがて月日が流れていくと…
そのうち、誘うことすらできなくなった。

断られるのが怖いのではない。
“もう女として見られていないのかもしれない”
そう思わせてしまうことが、彼女をさらに傷つけるような気がした。

だから、やめた。
自分の気持ちにフタをして、触れないことを選んだ。

けれど今、朱里が寮に入って、ふたりきりの生活が戻ってきた。

嬉しくないわけがなかった。
今日子の料理をふたりで食べて、帰宅して、一緒に眠る。
それだけで十分だと思いたい。でも、本当は、ただ隣にいるだけじゃ、もう足りなかった。

ほんの少しでいい。彼女の肌に触れたい。
そう思うたびに、また拒まれたらどうしよう、という不安が頭をよぎる。
今さら誘って、ぎこちなくなるくらいなら、いっそこのままのほうがいいんじゃないか。

そんなふうに迷っている自分に、心底うんざりする。
男として、夫として、俺はこのままでいいのか。
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