ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする
しかし今日は、宿泊者までも巻き込んでしまった。今までのドジとは訳が違う。もう、取り返しがつかない。これはパレスピーターズだけじゃない。赤坂マリンホテルグループ全体の名誉にまで傷をつけかねない失態だ。

だから、着替え終えてもマジアク課へは戻らなかった。
……いや、戻れなかった。

冷たい非常階段に座り込み、暗い夜の海を見つめる。

ああやっぱり、何一つ変わってない。
この23年間、一人で何もできない、あの日のままのドジっ子。

九条の名前の重さから逃げたくて、パパの冷たい態度から距離を置きたくて。
優秀な兄・冬万と比べられるのが嫌で。
それでも、自分の足で立っていられる場所を必死に探してた。
やっと見つけたのに。ここすら、もう私を受け入れてくれないかもしれない。

以前、赤坂社長がこっそり教えてくれた。


「お父さんは君を心配している」


でも、それは違う。パパが赤坂社長に挨拶したのは、私を気遣ってじゃない。私がヘマをして“九条”の名に泥を塗らないよう、先回りして根回しをしただけ。あのパパらしい。冷静で、計算高くて、いつだって体裁を守ることばかり。

私は、できの悪い九条の娘。
期待外れの双子の片割れ。
凡庸すぎて、『本当に九条の血が流れてるのか』なんて陰で笑われる存在。

もしかして、私は冬万と比較されるために生まれてきたんだろうか。
兄の優秀さを際立たせるための、ただの引き立て役?

でも、今回は九条の名前なんて関係ない。
名を隠していたって、私は私――ドジな千成だって、自分で証明してしまった。

じゃあ、これからどこへ行けばいいの?
私に、何ができるんだろう。

この大好きな場所からも拒まれたら。
初めて『やりがい』を感じたこの仕事さえ失ったら……私は、どうすればいい?

胸の奥から熱いものが込み上げ、ポロポロと涙が落ちていく。ここでは泣かないって決めてたのに。自分と交わした約束すら守れない。

“私はできる子ちゃん”なんて、ただの空っぽな言葉。現実は、何をしても遅いカメ子で、全部失敗するドジっ子千成。

一度溢れ出した涙は、もう止まらない。
膝を抱えて、声を抑えながら泣くことしかできない。

ああ……このまま暗い海に溶けてしまいたい。
何も知らず、安心して眠っていられた赤ちゃんの頃みたいに。
波のゆりかごに揺られながら、全てを忘れてしまいたい。
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