俺様な忠犬くんはご主人様にひたすら恋をする

3

藤堂side

3年ぶりの日本。
空気は湿ってるし、電車は相変わらず混んでるし、相変わらず急かされてる街だと思った。
けれど、そんな感想よりもずっと先に――俺の頭に浮かんでたのは、たった一人の名前だった。

(まず、瑞希に会いたい)

(どうせまた、無駄に完璧な仕事して、細かいとこで眉間にしわ寄せてんだろ)

あの頑固で、理屈っぽくて、でも不器用に真っすぐな彼女に、また会える。

そう思った瞬間から、俺の中でエンジンはかかっていた。

会社に着いて、一応上司に挨拶も済ませて、軽く部署の様子を確認した。

本番は、彼女に会うこと。

そして、見つけた。
会議室から出てきた彼女は、相変わらずキリッとして、周囲を引っ張る顔をしてた。

「――瑞希!」

声をかけたとき、彼女はピタッと立ち止まった。
そして、振り返った。

その目が、一瞬だけ揺れたのを、俺は見逃してない。
ああ、やっぱりなって思った。
この3年、忘れてたわけじゃない。瑞希のほうも、絶対に。

「今日から復帰。びっくりした?」

「……了解」

淡々としたその声。
最初から感情を出すような子じゃない。
でも目線の動き、手の力の入り方、呼吸の浅さ――

(全部、俺にはわかる)

そっけなく振る舞っても、見抜ける。
俺は、あいつのことなら知り尽くしてるから。

昼間は仕事中だったし、変な空気になるのも避けたかった。
だから、改めて落ち着いた時間に話せばいい。
どうせまだ、ちゃんと向き合えば崩れる。そう思ってた。

仕事を終えて、時計を見て、少し余裕を持って企画部のフロアへ向かう。

「月岡さんなら……今日はもう帰りましたよ」

(……え?)

軽い調子で返事をしようとして、声が出なかった。

帰った? 先に……?

いや、たまたまだ。たまたま予定があっただけ。
俺と話すのを避けた――なんて、まさか。


「おかけになった電話番号は、現在使われておりません――」

無機質なアナウンスに、眉をひとつ寄せる。

(……番号、変えたのか)

――面倒くさい奴だな、相変わらず、と思った。

(俺から連絡来るの、わかってたくせに)

あのそっけない態度の奥に隠れてた、あの視線。
無意識に資料を強く握った指先の震え。

あれを見逃すほど、俺は鈍くない。
3年、空いてたって、関係ない。

(まだ、あいつの中に俺はいる)

そう確信していた。

夜、自然と足が向かったのは、かつて一緒に暮らしたマンションだった。

最後の夜、瑞希は何も言わなかった。
でも、あれは“感情を殺した顔”だった。
あいつが本当に冷めてたなら、もっとはっきり言葉をぶつけてたはずだ。

インターホンを押した。
けれど、出たのは、知らない男。

(……もう、ここにいない)

部屋も、電話番号も、変わってる。

まるで“俺”を徹底的に消そうとしたみたいに。

(そこまでして避けてるってことは、俺を意識してるってことだろ)

じゃなきゃ、そんなに急ぐ必要ない。
電話だって、出なきゃ済む話だ。
部屋だって、思い出が残ってるからこそ手放したんじゃないのか?

(俺を完全に忘れられるような女じゃない)

そう、藤堂環は思っていた。

そして確信していた。

「まだ終わってない。終わらせる気なんて、こっちには一度もなかった」

どんなに隠しても、あいつの目が、体が、俺を覚えてる。
あいつが隠したい“感情”を、俺はちゃんと見抜いてやる。
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