俺様な忠犬くんはご主人様にひたすら恋をする
瑞希side

目を開けると、知らないはずの場所にいた。
でも、どこか懐かしい。
柔らかな夕暮れの光、カーテンがふわりと揺れている。

窓の外には小さなベランダ。
そこに、藤堂——環がいた。

ワイシャツの袖をまくって、植物に水をやっている。
その姿は、遠くにいたはずの彼じゃなくて、すぐそこにいた頃の「彼」だった。

「環…?」

声に出すと、彼がこちらを振り返る。

「おかえり、瑞希。遅かったね」

まるで何事もなかったかのように微笑むその顔。
私は何も言えなくなって、ただうなずいた。

部屋に入ると、コーヒーの香りがした。
テーブルの上には、私の好きなチーズケーキ。
それを見て、私は自然に笑ってしまう。

「覚えてたんだ、これ…」

「当たり前だろ。俺、瑞希のことだけは忘れたことないよ」

——胸が、ぎゅっと苦しくなる。

私が何か言おうとしたそのとき、藤堂が私の髪にそっと触れた。

「また、こうして過ごせたらいいなって、ずっと思ってた」

「……もう、遅いよ」

気づいたら、涙がこぼれていた。
声に出したつもりはなかったのに、環がふいに、私の頬に触れる。

「遅くない。俺、待つから」

——夢だ。
わかってる。
だけど、あたたかくて、優しくて、何よりも「幸せ」だった。

私は夢の中で、そっと藤堂の手を握った。

「…ねえ、また好きになってもいい?」

環は少し驚いた顔をしたあと、静かにうなずいた。

「うん。俺は、ずっと好きだったよ」

その言葉を最後に、光がだんだん薄れていく。

「環……」

呼ぶ声は、風に溶けていった。


瑞希は、はっと目を覚ました。
静かな自室の天井。
涙のあとが、頬を伝っていた。

夢だとわかっているのに、胸がずっと、苦しくて、あたたかくて。

携帯を手に取る。
藤堂からの未読LINEが、ひとつ、光っていた。
---

「ハンカチ、うちに忘れてる。
 テーブルの端にあった。
 白くて、端に桜の刺繍のやつ」

---

それは、何年も前に買ったお気に入り。
もう、使わないと思っていたはずなのに──ふと持って行った。

瑞希は携帯を見つめたまま、しばらく動けなかった。

あの夢は、ただの夢。
でも──藤堂の部屋に、まだ自分の痕跡が残っていることが、
なぜかくすぐったくて、涙が出そうだった。

指が、返事を打つか迷う。
でも、すぐには返せない。
夢の中の温度と、現実の間で、気持ちが揺れていた。
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