俺様な忠犬くんはご主人様にひたすら恋をする
金曜日の夜。
落ち着いた照明と、静かな音楽が流れるイタリアン。

佐久間さんとの食事は、いつも通り、心地よい時間だった。
仕事の話、趣味の話。
穏やかなテンポで、優しい声が流れていく。

「……ところでさ」

前菜が終わり、ワインを注がれたタイミングで、佐久間さんが言った。

「あの、藤堂って男……何者?」

フォークを持っていた手が、一瞬だけ止まった。

「……どうして?」

「人の噂には興味ないけど──あれは、ちょっと気になる」

笑ってはいるけど、目は笑ってなかった。

「……俺より前に入社してた人でしょ?」

「ええ、同期です。
……3年前まで、一緒に仕事してました」

「“まで”?」

「彼、海外に転勤してて。最近、戻ってきたみたいです」

できるだけ淡々と。
何でもない会話のように返した。

佐久間さんは、一度ワインを口に含んだあと、視線を私に戻す。

「元恋人?」

「……違います」

一瞬で、そう言い切った。

でも、それが即答すぎたのかもしれない。
否定した私の顔を、佐久間さんはじっと見つめた。

「そっか」

それだけ言って、また笑った。

それ以上、深く追及しない。
けれど、どこか少しだけ、距離ができた気がした。

(私は……何をしてるんだろう)

目の前にいる人は、優しくて、ちゃんと向き合ってくれる人。
なのに私の心のどこかには、
“もう終わったはずの誰か”が居座っている。

「……ごめんなさい。
なんだか、今日うまく笑えてないですね、私」

そう言うと、佐久間さんは首を横に振った。

「いいんだよ。無理しなくて。
ただ──俺は、ちゃんと向き合いたいと思ってるからさ」

まっすぐな声だった。

その優しさが、痛かった。
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