お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました
黒曜のような衣をまとい、まっすぐに歩むその背中。

私は思わず、目で追ってしまう。

どこへ……?

その足が止まったのは、

――臨光様の寝殿だった。

「……っ」

小さく、息をのむ。

“私からも、皇帝に言っておくわ”

臨光様の言葉が、脳裏に蘇る。

けれど、陛下の足は私の部屋へは向かわなかった。

「なぜ……」

胸の奥に、じわりと重たい感情が広がる。

なぜ、私は選ばれないのだろう。

なぜ、陛下は一度も、私を“妃”として見てくれないのだろう。

灯りが灯っても、私の心はずっと暗いままだった。

ふとした瞬間だった。

寝殿の扉が、**すぅ……**と音もなく開いた。

「……誰?」

振り返ると、そこには男の姿があった。

長い黒髪を低く結い、細縁の眼鏡が知的な光を反射している。

見覚えのある顔だった。

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