すき、という名前の花
Aはそっと手を伸ばし、棚の中から、一冊を引き抜いた。
その瞬間、ふわりと舞い上がるように、やさしい匂いが鼻をかすめた。

それは、紙と埃が混ざった、少しくすぐったい香り。
でも、どこか懐かしくて、胸の奥がきゅうっとなるような——そんな匂いだった。

「……へくしっ」

我慢しきれずに、ひとつ、くしゃみがこぼれる。
その音が静かな空間に弾けて、なんだか少し照れくさくなる。

Aは鼻をおさえながら、本をそっと抱きしめた。
初めて触れる世界。
なのに、心のどこかが、ほっとしていた。
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