すき、という名前の花
気を取り直して、Aは手に取った“束”を、そっと開いてみた。
指先に伝わるのは、ふわりと柔らかい紙の感触。
パラパラとめくるたび、その優しい手ざわりが、心のざわめきを少しずつなだめてくれる気がした。

中をのぞきこむと、そこには、入口で見かけた“記号”が、ぎっしりと並んでいた。
黒く、細く、整ったその線たち。
意味はまったくわからない。
けれど、なぜか目をそらすことができなかった。

元の場所に戻して、今度は別の一冊を手に取ってみる。
今度の中身には、記号だけじゃなく、小さな絵も添えられていた。
それは、まるで道路のような、どこか見覚えのある線のつながり。

けれど——心は、まだ静かなままだった。
この記号たちが、どんな“ことば”を語ろうとしているのか。
それがわからなければ、Aの胸に何かが届くことはない。

……それでも。
ほんの小さく、「もっと知りたい」と思う気持ちが、芽を出しかけている。
そのことに、Aはまだ気づいていなかった。
< 76 / 101 >

この作品をシェア

pagetop