朝まで、グラデーション
 今野が住んでいるマンション前に着く。

「あ、ちょっとコンビニに寄ってもいい? 小腹すいたから夜食の唐揚げ買う」
「いいよ、私も食べたい」
「歩きでいい?」
「うん、いいよ」

 返事をした後、彼は私の足元を見つめて「ちょっとだけ待ってて?」と、マンションの中にひとりで入っていった。少し経つと、黒いスニーカーを持ってきた。

「なれないヒール、足痛そうだから……」
「もう、なれたし。大丈夫だけど、スニーカーに履き替えるね、ありがとう」

 就職したての頃、まだヒールの靴がなれていない時、よく今野の前で足が痛いと愚痴をこぼしていた。まだ覚えててくれたんだ。それに――

「……私のスニーカー、捨てないでとっておいてくれてたんだ?」
「うん、またいつか美里が家に来るだろうなって思って」

 そうなんだ――私だけかな、会わなくなって日が経つごとにふたりの距離が離れていくと感じていたのは。
 


 徒歩五分以内の場所にあるコンビニへ向かった。柔らかい夜風、生ぬるいのにいつもよりも気持ちよく感じる空気。並んだ住宅、公園……全てがいつもよりも綺麗な景色にみえる。それは隣に今野がいるからなのかな。コンビニで唐揚げとお酒を買うと、マンションに戻った。

 マンションの五階の端にある今野の部屋。玄関のドアを開けると今野の香りが漂ってきた。言葉では表せない、今野だけの独特な香り。ふと最近雑誌で読んだ『いい香りと感じる相手とは、遺伝子レベルで相性が良い』という文章を思い出す。少なくとも私と今野の相性は悪くはないだろう。私はそう思っているけれど、今野は?

 今野の顔を覗いてみた。今野がどう思っているのかは、謎。視線を部屋全体に移した。

 あの時と変わらない、部屋の様子。
 変わるもの、変わらないもの――。

「どうぞ」
「おじゃまします」

 私は丁寧に今野の部屋を見回した。

「私の中で、一番変わってないものに再会して、なんか、安心した」
「どういうこと?」

 表情をキョトンとさせながら今野は顔を傾げた。

「相変わらず、今野の部屋は汚いな」

 強めなその言葉を吐き出すと、緊張感は一気にほどけていき、心の奥から笑みが溢れてきた。今野も一緒に笑ってくれた。

「相変わらず、はっきり言うな?」
「だって、元々はこういう性格だもん」

 張り詰めていた目に見えない何かが解かれていくような感じ。私は手に持っていたバッグを床に置くと、ベージュの三人がけソファーに深く腰をかけ、深く息を吐いた。

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