子を奪われた私が、再婚先の家族に愛されて、本当の母になるまで
***
たどり着いたのは、小さな修道院だった。
古びた白壁と、尖った屋根。鐘楼から響く時の鐘だけが、この場所がまだ生きている証だった。
門を叩いた私を迎えてくれたのは、白髪の老修道女。
私の境遇に驚いた様子もなく、ただ静かに微笑んで──
「よろしければ、ここで心を休めてください」
そう言って、扉を開けてくれた。
それからの日々は、静かだった。
朝は祈りから始まり、花壇の手入れや洗濯、読み書きの手伝い。
多くは語らない修道女たちと、言葉少なに日常を繋ぐ。
それだけの暮らしが、こんなにも穏やかで、やさしいものだとは知らなかった。
「おや、リシア様。お花に詳しいのですね」
「いえ……ただ、昔、少しだけ母と……」
花壇の手入れをしていたとき、ふと口をついて出た母という単語に、自分で驚いた。
そういえば、いつから私は“家族”という言葉を心から口にしていなかっただろう。
父は忙しく、継母は冷たく、姉たちは目を合わせようともしなかった。
侯爵家に嫁いでからも、夫は私をひとつの“家柄”としてしか見なかった。
けれど――
「……息子は、今どうしてるのかしら……」
声に出すと、喉の奥がきゅっと痛くなった。
名前をつけることさえ、許されなかった。
産声を聞いたあの瞬間だけが、私が“母”だった唯一の時間だった。