野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上
その日は(むらさき)(うえ)をお(なぐさ)めして一日が過ぎ、夜になっても姫宮(ひめみや)様のところへ行かれない。
お手紙だけをお書きになった。
「今朝の雪で風邪(かぜ)を引いてしまいまして、今夜は気楽なところで休ませていただきます」
とお送りになると、宮様の乳母(めのと)から、
「そのように申し上げました」
とだけご伝言(でんごん)があった。

<そっけないお返事だな>
源氏(げんじ)(きみ)はお思いになる。
上皇(じょうこう)様がご心配なさらないように、新婚の今だけでも大切にしてさしあげなければ。しかしどうしてもその気になれない。こうなる予感はしていた。これでは上皇様や姫宮様はもちろん、紫の上にも申し訳なくて心苦しい>
ご自分のせいだけれどお苦しみになる。
その一方で紫の上も、
<私が宮様のところへ行かせないようにしていると思われたら困る>
と悩んでいらっしゃる。

翌朝、源氏の君は姫宮様にお手紙をお書きになる。
あれだけ幼くあられてはたいして気を(つか)う必要もなさそうだけれど、筆などを(ねん)()りにお選びになった。
「そちらへ上がれないほどではないのですが、今朝の淡雪(あわゆき)で心が少々乱れておりまして」
と雪のように白い紙に書いて、白梅(はくばい)の枝を()えて届けさせなさる。

お返事をすぐにくださるだろうと、縁側(えんがわ)でお待ちになっている。
お近くの紅梅(こうばい)の枝から、まだ鳴きなれない(うぐいす)の声が聞こえる。
()()った白梅の香りに誘われてやって来たのだろうか」
残りの白梅の枝を片手に、(すだれ)を少し押しやるようにしてお庭をご覧になっているお姿はとても若々しい。
ご成人なさったお子たちがいらっしゃる、重いご身分の方とは思えない。

思ったよりお返事に時間がかかりそうなので、お部屋に入って紫の上に白梅の枝をお見せになる。
「すばらしい香りですよ。どの花もこのように香ってほしいものですね。桜からこの香りがしたら、他の花には見向きもしなくなるだろうに。梅は咲く時期が他よりも早いから、点数が甘くなるだけだろうか。満開同士で桜と比べてみたいものだ」
そうおっしゃっているところに、姫宮様からお返事が届いた。

よりにもよって、非常に目立つ赤くて薄い紙に包まれている。
源氏の君はまず姫宮様のご体面(たいめん)をお考えになる。
<紫の上にご筆跡(ひっせき)が見られてはまずい。嫉妬(しっと)させたくないからというのではなく、いやそれならどれほどよいかと思うけれど、実際はあまりにも幼いご筆跡でいらしゃるのだ。ご身分(みぶん)(がら)(さら)しものにするのは恐れ多い>

でも、あからさまに隠したら紫の上はお怒りになるだろうしということで、少し広げた状態でさりげなくお置きになる。
紫の上はちらりとご覧になった。
「さみしくて私も淡雪(あわゆき)のように消えてしまいそうです」
とある。
<姫宮様は十四、五歳と(うかが)っているけれど、そのお年ならこのようなご筆跡のはずがない>
どのような宮様であられるのか気づいて、紫の上ははっと目を()らされる。

お相手がふつうのご身分の女性なら、「この程度の人なのですよ」くらいのことを源氏の君はおっしゃるだろうけれど、(とうと)内親王(ないしんのう)様に対してそれはお気の毒よ。
「あなたは安心していらっしゃい」
とだけ小声でおっしゃった。
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