野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上
娘の明石(あかし)(きみ)へはこんな手紙を書いた。
出家(しゅっけ)()ですし、修行(しゅぎょう)(さまた)げになりますから、長い間めったにお手紙を書かずにいました。女御(にょうご)様が皇子(みこ)様をご出産なさったとのこと、おめでとう存じます。あなたの幸せだけを願ってきた甲斐(かい)があったということでしょうか。
尼君(あまぎみ)があなたを懐妊(かいにん)したころ、私は縁起(えんぎ)のよい夢を見ました。それを信じて大切にお育てしていたのですが、都の貴族社会ではうまくやれず、明石で暮らすことになってしまったのです。ただ、あなたのご出世は(あきら)めておりませんでした。住吉(すみよし)大社(たいしゃ)にお願いしたたくさんのことが、いよいよすべて(かな)いそうです。

お生まれになった皇子様が(みかど)におなりになることが、私の最後のお願い事です。それが実現したときには住吉大社にお(れい)(まい)りをしてください。私はその日を極楽(ごくらく)浄土(じょうど)で待たせていただきましょう。
まもなく夜明けです。やっとあの日の夢のお話ができました」

手紙を書いた月日のあとに、
「私の命日(めいにち)がいつかなど気にしてはいけません。喪服(もふく)を着る必要もありません。これから楽しいことばかりでしょうが、仏教(ぶっきょう)の修行も忘れずになさいませ。あなた自身のためにです。極楽(ごくらく)浄土(じょうど)でお会いしましょう」
追記(ついき)してあった。

その手紙と一緒に大きな箱が届いた。
住吉大社へのお願い事を書いた紙がいっぱいに()まっていた。
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