キラくんの愛は、とどまることを知らない

side キラ




 
「ねぇ、稀羅くん……ちゃんと食べないのなら、もう作らないからね!」
 
「……」
 
「ひよ子ちゃんにフラれて、いきなり海外へ行ったかと思えば突然帰ってきて、いつまでも家に閉じこもってばかり! キノコが生えるわよ!」
 
「……」
 
「相馬くんなんか、毎日玄関の前でため息ついてるのよ? 可哀想で見てられないわ」
 
「……」
 
 そんなに可哀想なら……おっさん、お前が慰めてやれよ。本当によく喋るな。
 
「せめて、相馬くんに迷惑かけないようにしたら? 大人なんだから」
 
「……頼まれた仕事はしてる」
 
 俺の仕事は別に家から出なくても、出来るんだ。
 だから何ら問題ない。相馬のため息の理由なんか知らん。
 俺はこれまでどおり冬亜から言われた仕事は完璧にこなしてるんだ。
 相馬だって別に、俺に文句は言っててこないしな。
 
「でもなんだかねぇ〜辛気臭いっていうかぁ〜……ニワトリもタマゴもまた太ってきてる、気付いてる?」
 
「……」
 
「私、今週末、ひよ子ちゃんと釣りに行くのよねぇ〜、誰かクルーザー出してくれないかしら……じゃなきゃいつも私が頼んでるいつ沈没するかわかんないボロい船にひよ子ちゃんを乗せる事になるんだけどなぁ〜」
 
「───っ馬鹿か、そんな危ない船にひよ子を乗せるなっ!」
 
 どうして健二がひよ子と連絡とってんだ。おまけに釣りだと? それ、もうデートじゃねぇか。健二のくせに。
 
「だから今、クルーザー持ってるお金持ちに声かけてるところなの。白森くんにも声かけたけど、忙しいって断られちゃったのよねぇ」
 
「……アリーナの管理人に伝えとくから、勝手に使え」
 
 本当に健二はいい性格してやがる。どうして俺より先に白森に声かけるんだ。意味がわからん。
 
「あら、オーナーは来ないのかしら」
 
「ひよ子が気まずい思いすんだろ、可哀想だ」
 
「あら、でもクルーザーは稀羅くんが出してくれるって話してあるから、ひよ子ちゃんもいると思って来るんじゃないかしら?」
 
 なんだ、どういうことだ……俺がいるのにひよ子は健二と釣りに行く約束をしたのか?
 つまり、世界が違っても釣りならOKだということか?
 
「なぁ健二……お前、俺や白森は住む世界が違うと思うか?」
 
 そもそもひよ子は健二は自分と同じ世界に住んでると認識しているのだろうか。俺からすれば、健二こそ最も異世界人だと思うが。
 
「そうねぇ~どうかしら、あなたたち二人がお客さんだった時は、“業界”が違うとは思っていたわね」
 
「なら、今は? “業界”は今でも違うからな。俺の尻は狙わないでくれよ」
 
「やめてよ、私、ネコなんだから。あんたたちのちんこに興味はあっても尻には興味ないわ。それに私、あんた達みたいなのより、相馬くんみたいな子がタイプなの」
 
 ちんこにも尻にもどっちにも興味は持たないでくれ。相馬に興味を持つのは別にいいが、ゴリゴリの見た目のくせにネコとは……まぁ、業界あるあるか。
 
「住む世界が違うってのは、相手に合わせようとしないか、合わせてもらう事を知らないタイプの子が使う言葉よね。私は、相手に尽くしちゃうタイプだから、違ったら何としても合わせに行くわ」
 
「……なんだそれ」
 
 相手に合わせに行く? 何をどうやって?
 
「ひよ子ちゃんに言われたの? なら、きっとあの子は人に合わせることも、合わせられる事も知らないから怖いのよ。お母さんに置いて行かれちゃって、お父さんは酒にギャンブルで自分はほったらかしだったんでしょう? 心のどこかで、信じられるのは自分だけだと思いながら、同時に誰にも迷惑かけたくない、って思ってるタイプの子ね」
 
「……健二、お前何者だ? どうしてそんなことがわかるんだ」
 
 まさか健二は、スピリチュアルなチカラを持っていたのか?
 
「ちょっと、何年間訳ありが集う街でママしてると思うのよ。舐めないでくれる? こう見えて私、話しやすいタイプみたいで、何百人と人生相談されてきたんだから」
 
「なるほど……」
 
 言われてみれば、男女問わず健二に重たい話をしている奴らを見たことがある。
 
「タマゴを思い出してみたら? どうやってあなたに懐いた?」
 
「タマゴ? タマゴは……シャーシャー威嚇するんじゃなくて、ブルブル震えてたから人間が怖いのかなって思ったから……なるべく構わないようにして放っておいたら、自然にあっちから寄って来て……」
 
 あ……そうか、そう言う事か。
 
「ひよ子もタマゴと一緒で、俺が怖かったのか? 貧乏生活が長いひよ子からしたら、俺みたいな金持ちは……宇宙人みたいなものだよな……でも、ブルブル震えてると言うよりも、ニワトリみたいにシャーシャー言ってた気もするけどな……」
 
「タマゴはタマゴ、ニワトリはニワトリ、ひよ子ちゃんはひよ子ちゃんなの。皆違うのよ。人間の感情はコードじゃないの。貴方の得意なプログラミングはできないのよ」
 
「……その、上手い事言ったぜ、的なドヤ顔やめろ」
 
 でもそうか、何となく理解できたぞ。
 
「もぅ……可愛くないんだからっ! 大体ね、いきなり同居なんて距離詰めすぎたのよ。まずは釣りデートから、ゆっくり初めてみたら? 健二くんがひと肌脱いじゃうわ!」
 
「……釣り、デート」
 
 でも待てよ……
 
「クルーザーなんか持ってたら、また世界が違うとか言われないか?」
 
「今更よ、金持ちなのはバレてるんだから。そのお金の使い方というか価値観ね、“君に合わせるよ”って安心感を与えてあげるような、ひよ子ちゃんに合わせたデートを無理なくすればいいの」
 
「難しいな……」
 
「クルーザーは持ってるけど、釣りをして自分で釣った魚を食べるとか。運転手がいる車もあるけど、電車に乗るとか、自分で車を運転するとか。ルームシアターがあるけど、あえて映画館で見るとか。高級フレンチじゃなくて、キタナ美味い居酒屋に入るとか。お金をかけなくても良いものは溢れてるの。まぁ、あまり頭でっかちにならずに、ひよ子ちゃんから教わったり、稀羅くん自身が発見したりすればいいのよ。きっと、あなたも楽しいはずよ」
 
「……健二、お前ってすごいな」
 
 健二に相談する奴らの気持ちがわかった気がする。
 
「もっと褒めてぇ~ん! ついでに、相馬くんと二人っきりで飲みに行きたいなぁ~」
 
 ……前言撤回。すぐ調子に乗りやがる。
 
「よし、週末は俺が車を出す。もちろん俺が運転して、皆でアリーナに行くぞ!」
 
「そう来なくっちゃ!」
 
 決戦は土曜日だ。
 
 
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