キラくんの愛は、とどまることを知らない

005

 
 週末、健二さんと約束していた釣りの日がやってきた。

 キラさんのマンションを出た後、健二さんに直接お礼が言えなかったため、聞いていた連絡先にメッセージを送ったのだ。
 それ以来、健二さんはたまにニワトリとタマゴの写真を送ってくれたりと、なんだかんだとやりとりが続いている。

 そして今、マンションの前で健二さんのお迎えを待つ私の隣には、なんとびっくり、主任がいる。
 
「いやぁ~、楽しみだなぁ! 吉良に釣りが趣味の知り合いがいるなんて意外だったけど」
 
 金曜日の昨日、主任から飲みに誘われたのだが翌日朝が早いと断ると、どっか行くのか? と聞かれ、早朝から海釣りに、と答えてしまったことから、現在このような状況になっている。
 
「私も意外でした、主任の趣味が釣りだったなんて……」
 
「趣味って言っても、釣りの師匠とか仲間もいないからさ、岩場でプカプカ浮かせてるだけだよ。船で沖に出るのはまだ初心者! だから、めちゃめちゃ楽しみにしてきた」
 
 こんな調子で、一緒に行きたいと、グイグイ来られてしまったのだ。
 一応、夜のうちに一人増える旨を健二さんにメールしておいたのだが、オッケーとスタンプが返ってきただけで詳細は聞かれなかった。
 男性であることに、驚くだろうか。それとも、健二さんも一応? 男性なので気にしないだろうか。
 
 しかし私の不安要素はもう一つある。
 
 キラさんが来るかもしれない。健二さんはクルーザーをキラさんから出してもらうと言っていた。
 クルーザーだけ借りるのなら、借りる(・・・)と言うはずだか、出してもらう(・・・・・・)と言ったという事は……つまり……
 
 
 ──────


「ぅうぉぉおりゃぁぁぁ! きたぁぁぁあ!」

「ぉおぉぉ! デカいっデカいです!」

「……」
「……」

 なんとも男らしい雄叫びをあげながら鯛を釣り上げた健二さん。テンション高めで盛り上げつつ、素早く網を伸ばしたのは主任だ。

「健二さん凄いですね! 今日はもう何匹目ですか?!」

「やだぁ〜私ったら、主任がいるから張り切りすぎて声が出ちゃったぁ♡」

 私は二人のそんな姿を、ポカンと口を開けて見守る事しかできなかった。
 キラさんはサングラスでその表情はよく見えないが、シラァ〜っとしているようにみえる。

「ひよ子、健二は数日前まで自分は相馬みたいな男がタイプなのだと俺に話していた……それなのにあのデレデレ具合……主任と相馬じゃ似ても似つかないよな?」

 そういう裏話があっての、あの表情なのか。楽しくないのかと思ってしまった。

「確かに……似てないですね、主任はどちらかといえば体育会系ですし」

 相馬さんは真逆のインテリタイプだ。

「だよな……結局健二(あいつ)はいい男なら誰でもいい雑食なんだ」

「……雑食……っふふ、見た目どおりって言ったら怒られるかな」

 最後の会話があんなだったので、キラさんとは気まずくなるかな、と心配していたがそんな事はなかった。
 彼が普通に何事もなかったかのように接してくれた事が大きいが、健二さんが主任をひと目見て明らかに気に入っていたため、終始テンションか高かったため騒がしかったのだ。

 そもそも、迎えに来てくれた車の運転手がキラさんで驚いただけではなく、その後は何故か私が助手席、健二さんが主任と後部座席に座っていた。

「今日は車の運転にクルーザーの運転に、ありがとうございます。凄いですね、船舶免許までお持ちだなんて……」

 車でもクルーザーでも、キラさんが運転する姿はやはりカッコいいとしか言えなかった。やはり、素材がいいと何をやらせてもハマるのだろう。
 サングラスをしていても、カッコいい人だとバレバレなのだから不思議だ。

「あー……学生時代に白森と相馬と三人でよく海に潜ってたんだ。だから俺達三人は全員免許もってる」

 学生で海に潜るって……やっぱりお金持ちは違うなぁ……とそんな事を考えているとバレたのか、キラさんは慌てだした。

「ち、違うんだ、俺達は学生の時にはすでに今の会社を起こしていてだな! 別に親の金でとかそういうんじゃないからな! ちゃんと自分達で稼いだ金で遊んでたんだぞ」

「ふふ───そんなっ別に失礼な事は考えていませんよ。でも潜るってダイビングですよね? 凄いなぁ、憧れます。沖縄とか海外の綺麗な海で魚とか亀と泳いだんですか?」

 やはり男性は、親のお金で遊んでいると思われたくないのだろうか。

「沖縄の各島々とハワイ、グアム、サイパン……王道は大体行ったかな───良ければ教えるぞ? 俺、いつかひよ子と潜りたくて、インストラクターのライセンス取ってあるんだ。見せてやりたい景色がいっぱいある───……悪い、気持ち悪いよな」

「……そんな事はありません、嬉しいですよ。過去のキラさんにそんな風に思ってもらえてたなんて」

「過去なんかじゃ───っ」
「ねーっ! そこのお二人さん! 主任が釣りたてのコリコリの鯛を食べた事がないって言うから、今から捌いてもいいかしらぁ? 少し早いけどお昼にして、食べちゃいましょうよ」

 健二さんが叫んだ。
 釣りたてのコリコリの鯛など、釣りすら初めての私に食べる機会などあったわけがない。
 もちろん、食べる。食べたい。私は両手を挙げて二人に駆け寄っていく。

「私も食べたことをありませんっ! 頂きたいです! ───キラさんもどうですか?」

「……ああ、食う」
 


 ──────


「ありがとうございました、本当に楽しかったです!」

「本当にねぇ♡また行きましょうね、主任も♡」

「はいっぜひ!」

 私達は朝と同じように私のマンションの前で降ろしてもらい、二人と別れた。
 本当に今日は朝が早かった事もあるが、新しい発見ばかりで、楽しかった。釣り、また行きたいな。

「吉良、今日釣った魚どうするんだ?」

「え、私のは小さいのばかりなので、素揚げが美味しいって教えてもらいました。主任はおっきいのありましたよね」

「そうなんだよ、一人暮らしの男には食べ切れないからさ……迷惑じゃなきゃ、一緒にどうだ? 今日は疲れただろうから、明日の昼にでも。下処理しとくから」

 主任の誘いに、どうしたものかと悩んだ……料理を一緒にとは、どちらかの部屋に上がるという事だろう。

「あ! それなら人数いたほうがいいですよねっ、私、友人を誘ってもいいですか? このマンション貸してくれた子なんですけど……」

 ヒカリにお礼ができて、丁度いいかもしれない。

「お! いいんじゃないか? ならお前の素揚げもまとめて」

「私、誘ってみますね、場所はここでいいですか?」

「ああ、お前がいいなら」

 ヒカリに連絡をとると、すぐに返事がきた。
 嬉しい事に、昼までには来てくれるという。

「OKでした! では明日、ランチパーティーですね」

「ああ、じゃ明日またお邪魔するよ。またな、筋肉痛になるからゆっくり風呂で解せよぉ」

 主任は笑顔で怖い事を言って帰って行った。


 
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