キラくんの愛は、とどまることを知らない
006
「おお、なかなか上手いんだな! 今どき、魚捌ける若い子って珍しくないか?」
「貧乏がゆえに必要にかられてですよ。きっかけは実家のお隣さんが釣果をお裾分けしてくれて、その時に教えてもらったんですけど、それ以来魚は自分で捌いてます。切り身より安いですし、ガラもお味噌汁にしたり出来ますからね」
そのお隣さんも、数年前に息子さんの所で面倒をみてもらう事になったと言って引っ越してしまったが……
主任には、私が奨学金で大学に通っていて、今も返済をしている事を出張の時に話してある。だからきっと、裕福な家庭に育ったとは思われていないはずだ。
「きっといい嫁さんになるな、吉良は───この前の健二さんの連れのキラくんは恋人じゃないのか?」
「まさかっ、キラさんはそんなんじゃありません!」
あの方は債権者です、とはさすがに言えない。
「そうなのか? なら恋人は? 吉良は器量もいいし可愛いし、モテるだろ───あ、これ俺が言うとセクハラか?」
主任はヤベッと言いながら焦りを見せる。
「っそうですよ、セクハラです。まぁ、今は職場じゃないので訴えないでおいてあげますけどね」
「はははっ吉良の寛大さに感謝だな」
私と主任が料理を作り終えた丁度その頃、手土産を持参したヒカリが到着した。
エプロン姿の私と主任を見て、何やらニマニマした表情を見せていたが、間違いなくおかしな方向に誤解されている気がする。
「「「かんぱーい!」」」
「いやぁ、美女二人と昼酒とは贅沢だな」
「主任、発言がおじさんっぽいですよ」
ヒカリの手土産がお酒だったため、結局飲み会になってしまった。
「ねぇ、お二人は同じ会社で同じ部署ですか? あ、私は、ひよ子の学生時代からの親友なんですけどね」
「ヒカリ、主任は私の上司なの。失礼なイジリ方はしないでね」
まだ乾杯したばかりで、ヒカリは私と主任の関係を探るような会話を始めた。
「だってぇ、ひよ子に寄ってくる男はすぐよそ見するろくでもない奴ばかりで、心配なんだもん。可愛いしモテるのに、本人全然興味なしって感じだし」
「でも、よく言われるだろうけど、本当にひよ子って名前、珍しいよな」
「そうですよね! 私、クラス分けの表で見つけて、可愛い! って思って、次に教室で見つけたひよ子が、名前に負けない美少女で、悶えましたもん」
私は何を聞かされているのだろう。そんな昔の話を主任にしないで欲しい……
「主任、失礼ですが、恋人がいないからこそ、休日に部下の部屋でエプロンして仲良くクッキングしてるんですよね? 恋人いたら完全にアウトですよ?」
「いないよ。俺、恋人は大事にするタイプだから絶対よそ見はしない」
「当たり前です! 私はコウくんがよそ見したら、絞め殺してやりますから……こうやって、こうやって!」
おしぼりを絞りながら、ヒカリは婚約者のコウくんの首を絞めている。もう酔っているのだろうか……
「でも、ひよ子が職場の男性と親しくなるなんて意外なんです。よほど気を許さないと、絶対に他人には心開かないから、この子」
「ああ、やっぱりそういうタイプか、吉良は」
「やっぱりってなんですか、やっぱりって……」
私、仕事場でそんなイメージを持たれているのだろうか。それはあまりよろしくないのでは……?
「ごめん、感情が一定な奴だな、って思ってた。笑顔がないとかではないんだけど、感情の起伏がないというか、なだらか、っていうのかな? 何事にも感心が薄いってか……」
「ああ、それはそのとおり! ひよ子のウォールを形成した外面の顔ですね!」
二人ともひどくないか? 自分では、よく笑うし泣くし、結構表情豊かだと思っていたのだけど。
「なら、俺はきっと四国出張でその最初のウォールを突破できたのかもしれないな。んで、昨日の釣りで最後の一枚を残すとこまでこれたか? どうだ吉良!」
主任まで、ヒカリに乗せられて完全に面白がっている。なんかのアニメみたいな言い方はやめてよね……
「きゃーっ主任ってば、ひよ子の心の奥に進撃してきたんですね! どうするのひよ子!」
「主任、ヒカリはこのとおりノリがいいんで、やめてくださいよ。主任のファンが泣きますよ」
「俺のファン? 俺にファンなんかいるの?」
「え、本当に知らないんですか? 主任はウチの職場の女子社員の間で“みんなの主任”って不可侵の存在としてあがめられてるんです。ほら、奥手な女性が多いから。主任、実はモテモテなんですよ?」
本当に気付いていなかったのだろう、主任は目を見開き、嘘だろっっと呟いた。
「どうして教えてくれないんだよ! それならもっと、かっこよく振舞ったのに! 俺なんて、おじさん組と同じだと思われてると……」
「えー、主任は絶対に違う会社だったら入れ食い状態ですよ。もうね、優しさが顔からにじみ出てるし、なんか清潔そうな生活感があって親しみやすいし、すべてを包み込んでくれそうなこの感じ! 私も、コウくんいなかったら攻めてたかも」
主任は男らしい人が好きなヒカリのタイプだろうな、とは思ったが……彼女にコウくんがいてよかった。ヒカリにせまられて断れる男なんていない。
「え、どうしよう、俺もあのSEみたいにお洒落な丸い眼鏡とかかければいい? それとも髪型か? 時計?」
「主任が色気づいたら、全女子社員が泣きますよ、そのままでいてください」
「吉良は? 吉良も泣いてくれるのか?」
「なにぃ?! それ、もぉ告白ー! ちょっと、小道具として3D眼鏡とポップコーンが必要なかんじ?!」
ヒカリは本当に場に乗せられやすいというか、盛り上げすぎると言うか……
「そうですね、主任が誰かの男になったら、釣りにも行けないですしこんな風に飲みもできなくなりますし、会社でもきっと誰にでも優しい主任じゃなくなって、寂しいかもしれません」
「(小声)おぉ……ひよ子の口からそんな言葉が聞けるとは……でも、なんかちょっと他人事……?」
ヒカリの実況のようなセリフに、主任がぼーっとしている。
「そうか! 今はそれで十分かな、俺はもう少し“みんなの主任”でいよう。いやぁ、でもなんか週明けからそわそわしちゃいそうだ……吉良、そんな俺をみて笑うなよ」
「はははっ笑っちゃうかもしれませんっすみませんっ」
「……頼む、俺、恥ずかしい」
可愛らしく両手で顔を隠す主任に、私とヒカリは大笑いした。
───すごく、楽しい週末だった。