キラくんの愛は、とどまることを知らない
 
 週明け、システムの業者さんから急遽確認したいことがあると言う連絡が入った。
 
 しかし主任は午後から不在。先日の打ち合わせの内容についてもう少し詳細を聞きたい、という事だったので、私一人で対応することになってしまった。
 
 
「……えっと───」
 
「ははは……申し訳ございません吉良さん、御社を担当させていただくチームのメンバーに急遽変更がございまして……先日ご紹介させていただいたプログラマーに代わり、此方の御方……あ───」
 
 お洒落だったはずのSEの方は、なぜかすごく普通になっており、さらにはおかしな汗をかいていた。
 
「どうも、吉良さん。稀羅(キラ)と申します。これ以降は私が担当させていただきますので、よろしくお願いします」
 
「……ど、どうも……」
 
 私は名刺を受け取り、そっと視線をそらす。
 この名刺は、あの日タブレットの中にはなかったはずだ。おまけに眼鏡って……どうしてそんなに似合うのか……イケメンはズルい。
 
 新しいプログラマーさんは、なぜかSEの方に先に帰っていい、とひと言告げた。SEさんは予定していたかのようにホッとして足早に帰っていく。
 
 ミーティングルームには私とプログラマーの稀羅さんの二人きり。
 
「……どういうことですか?」
 
「どうもこうも、ここの初期のシステムは俺が作ったんだ。だから入れ替えという事なら、また俺がする方が簡単だと思って」
 
 嘘だ、子会社で出来る仕事だと判断されたから、最初は違うプログラマーさんが来たのだろう。まさか、頂点に立つ存在の特別顧問自らがするような仕事のわけがない。
 
「……相馬さんは、今日は一緒ではないんですか?」

「車で待機してる……吉良さん、打ち合わせ、いいですか? ───前回の打ち合わせ時にこちらが確認できていなかった部分がありまして、本日お時間を頂くことになってしまいました。申し訳ありませんでした」
 
「そ、そんな! キラさんのような御方が謝ることではっ!」
 
 私はとんでもない人に謝罪の言葉を言わせているようで、逆に申し訳なくなってしまう。
 
「いえ、子会社とはいえ部下のミスに私が頭を下げさせていただくのは当然です」
 
 いや、だからって上の御方すぎるでしょ……そりゃさっきのSEさんが恐れ多くて逃げていくわけだ……今頃首を洗っているかもしれない。
 
 その後は、本当に業者さんとの打ち合わせのような時間が過ぎて行った。
 大体の打ち合わせが済むと、キラさんは眼鏡をはずし、ふぅ、と一息ついた。
 
「……本当にキラさんがうちなんかのお仕事をされるんですか?」
 
「ん? ああ、するよ。既存のシステムをベースにして少し手を加えるくらいだから、本来なら子会社の社員で十分の仕事なんだ。だから、俺の知らない間に、あいつらが担当になってた」
 
 それなら、どうして今ここにあなたがいるんでしょうか。と、聞きたかったが、墓穴を掘ることになりそうだったのでやめた。やめたのに……
 
「ひよ子と一緒に仕事ができるなんで、もうこれっきりかと思って、部下の仕事を奪い取ってやった」
 
 キラさんは、にしし、といたずらな笑顔を見せた。
 
「……っ」
 
 頬が熱い。胸が苦しい。
 
「ひよ子、釣った魚……全部食ったか?」
 
「えっ、あ、はい、次の日に主任と友人を招いて三人で食べました。あ、健二さんにもお誘いいただいたのに、すみませんでした。お二人で食べたんですか?」
 
 まぁ、結局全部は食べきれず、ヒカリにコウくんへのお土産に持って帰ってもらったのだが。
 
「ああ、相馬と白森と四人で……(小声)そうか、主任と二人きりじゃなかったのか……それならまぁ、許してやるか、主任……」
 
「うわぁ、すごい豪華なメンバーですね」
 
 なにか他に聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
 
「今度、白森にもひよ子を紹介させてくれ。あいつが、俺だけ実物に会ったことないって、グチグチ言ってうるさいんだ」
 
 実物にって……ほかに何で私を見たと言うのだろうか……
 
「……本当は会わせたくないんだ。冬亜は……白森はすごく女にモテる奴で、性格も顔も俺よりいいし、会社の代表だしな」
 
「え? キラさんの顔より上が存在するんですか? 性格の良し悪しに順列はつけられませんよっ、ふふふ……あ、すみません、笑って……」
 
 そんなこと、気にするタイプには見えなかったので、少し面白くなってしまった。
 最近、どんどんキラさんの人間味が見えてきて、以前よりも会話が弾む気がする。一緒にいても苦痛には感じない。
 
「───っ」
 
 私が笑ってしまったからか、キラさんは複雑そうな表情をして胸を押さえてしまった。馬鹿にしたように取られただろうか、怒らせてしまったかもしれない……
  
「……っ」
 
「ひよ子! また、一緒にどこか出かけないか? 次はその……二人で……あ、健二の店! 行ったことないだろ?!」
 
 どうやら、怒っていたわけではなかったようだ。
 
「健二さん、お店やられてるんですか?」
 
「ああ、コロナの時に一度潰れたけど、今また気まぐれに夜だけ始めたんだ」
 
「そうなんですか、知りませんでした。行ってみたいです」
 
「そうか! なら、今週末は? 金曜の夜は時間あるか?」
 
「はい、大丈夫です」
 
 なんだろう、キラさん、すごく嬉しそうだ。
 
「就業時間に迎えに来てもいいか? その……店が開くまでの間に、ニワトリとタマゴと遊んでやってくれると嬉しい。最近元気ないんだ、あいつら」
 
「えっ……マンションに行くって事ですか……?」
 
 ニワトリとタマゴの元気がないのは心配だし気になるが……またあのマンションに、足を踏み入れるのは勇気がいる。
 どの面下げてと思う部分と、自分たちの関係で果たして気軽に行っていいものか、という部分と…… 
 
「嫌なら無理にとは言わない、変なこと頼んで悪かったな。やっぱり、開店前にひよ子のマンションに迎えに行くよ」
 
「あ……っ」
 
 その時だった。
 
 コンコンッ───
 
「いやぁ、すみません外出しておりまして! ───って、あれ?」
 
「主任っ! 戻られたんですか? そのっ……打ち合わせは済んでしまいました。担当のプログラマーの方が変更になられて……SEさんは先に帰られてっ」
 
 主任の突然の登場に、説明の順番があべこべになってしまった。
 
「あれれ? キラくんですよね? 新しい担当さんってそうなの? こんな偶然あるんですねぇ! あ、やっぱり眼鏡つけてるっ、お洒落ですね!」
 
「ははは……では、私はこれで……吉良さん、またメールさせて頂きます」
 
 システムの件、とも、金曜日の件、とも言わないキラさん。
 
「はい、ありがとうございました。よろしくお願いします」
 
「もう帰っちゃうんですかぁ? まぁ、忙しいのか、ではお見送りいたしますよ。吉良はここでいい」
 
 そう言って、一瞬迷惑そうな表情を見せたキラさんの背中に手を添えて、主任はエントランスまで付き添って行った。
 
 
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