キラくんの愛は、とどまることを知らない
「いやぁ、キラくんってプログラマーだったんだな! いい会社務めててイケメンだなんて完璧だな……あ、名刺もらうの忘れた」
キラさんを見送って戻った主任は、普通だった。
「お洒落イケメンに眼鏡はデフォルトなんですね、やっぱり主任も眼鏡してみたらいかがです?」
なんとなく、先ほどのキラさんとの会話の熱が冷めず、ついおかしなことを口走ってしまった。
なんだろう……複数の女性社員達の視線を感じる……
「眼鏡ねぇ、俺裸眼なんだよなぁ……伊達メガネっていかにもで、俺ちょっと恥ずかしい……」
「それ、裸眼だってこと、今ここで言わなければわからなかったのに……」
「あっ!」
主任を見ているとなんだか癒される。
キラさんを前にすると……緊張して胸が苦しくなる。緊張だけじゃない、彼の私に向けるあの視線が……いたたまれない。
「……ふぅ……っ私、冷たいお茶買ってきます」
「おぉ」
──────
金曜日がやってきた。
キラさんからはようやく今朝になって、“19時半にマンションに迎えに行く”とだけメッセージを受信した。
仕事が忙しいのだろうか……いや、私達は別にそれ以外のやり取りをする間柄でもないのだから、仕事は関係ない。
最近、私は変だ。
今日までに何度無駄にスマホの画面を確認したかわからない。キラさんからの連絡がないか気になってしょうがなかったのだ。
「あの人は雲の上の人なんだから……住む世界が違うんだからっ」
……本当に? 本当にそうだろうか?
「雲の上の人は……部下の為に頭を下げるのかな……? 住む世界が違う人は、私なんかに気を遣うのかな……?」
エレベーターの前で一人待つ私は、つい独り言を口にしていた。
「吉良、おはようさん。やっと金曜日だなぁ」
「おはようございます主任、そうですね。今週も今日で最後、頑張りましょう」
「今夜は? なんか予定あんのか?」
「あ……はい、初めて健二さんのお店に連れて行ってもらうことになりました」
あ、まずい……また馬鹿正直に言っちゃった……
「え、健二さんって店やってんの?! 俺も行きたいっ───って……誰かに連れてってもらうんだよな、さすがに金曜の夜にお邪魔だよな」
「あ、えっ、別にそんなんじゃっキラさんですよ、一緒に釣りに行った」
しまった……一応キラさんは取引先だというのに……上司に言うのはまずかっただろうか。
「え、キラくんなの? なら取引先のわがままってことで、俺も連れてってもらえるかな?」
……ああ、こういう上司だった。
「後で伝えておきますね。19時半に私のマンションに迎えに来てくれる予定なので大丈夫ですか? それとも現地集合にしますか?」
「キラくんが一人で迎えに来るのか? ……お前んち行くよ、俺方向音痴だから」
……確かにそうだったかもしれない。
──────
「いやぁぁ~ん! 主任じゃないのぉ~ん! また会えるなんて健二うれしぃ~♡」
「健二さん、お元気そうですね! 先週はお世話になりました!」
さすがは主任、健二さんの登場0.01秒の爆裂キャラにも一切動じていない。
「主任なら、いつでもお世話するんだからぁ♡ひよ子ちゃんも、来てくれてありがとう! 稀羅くんってば、こんなに楽しいことを秘密にするなんて、悪い子ね。こうなったら、健二は白森くんに声かけちゃうんだから」
「は?! おい、健二ふざけんな! ……まぁいいか、どうせあいつは女と一緒だからこんな店来ないか」
「こんな店ってなによ、あんたはひよ子ちゃんを連れて来てんじゃないの。(小声)おおかたデートに誘いたいけど、断られるのが怖くて私をダシにつかったんでしょ? バレバレなんだから」
先ほどまでキラさんの機嫌が悪そうに見えたのだが、店について少し戻ったような気がする。
もしかしなくても、主任が一緒で面白くなかったのかもしれない。
キラさんと健二さんが口論している間、私と主任が店内をキョロキョロとしていると……
「ねぇ~健二ぃ、この子私のタイプなんだけどぉ、紹介してくれない? いい身体してるぅ」
突然現れた大きな……おネエさん? が私の隣にいる主任にチョークスリーパーをしはじめた。
「ちょっとぉ、主任は私の大事な釣り仲間なのっ初心者なんだからやめてあげて」
「……っ?????」
さすがの主任も突然のチョークスリーパーから、胸や腹をまさぐられ驚いているようだ。
「……あの、キラさん……このお店って……」
「ゲイバーだ」
やっぱりそうだったのか……初めて来た。
キラさんと出会ってから、初めてづくして息つく暇がない。
「ひよ子ちゃん、お腹、好いてない? 軽い食事とドリンクも出せるの、なんでも言って。どうせ、ゲイバーって知らずに連れて来られたんでしょ?」
「健二さんのお店、と聞いて、詳しく聞かなかった私も悪いんです。でも実はお腹ペコペコで……」
料理上手な健二さんのことなので、小料理屋かなにかだと勝手に思い込んでいた私は、何も食べずに来てしまった。
「そうなのか? っ悪かったひよ子! おい健二、オムライスでもカレーでも、から揚げでも! とにかくなんかひよ子が好きなの作ってやってくれ! 早く! ひよ子が腹を空かせてるんだぞ!」
「ちょ、キラさんっそんな、私大丈夫ですから! 子供じゃないんですからっ恥ずかしいです!」
「……俺も健二さんの料理食べたいなぁ! 船の上で食べた弁当、めっちゃうまかったです」
大きなおネエさんに抱きつかれたままの主任が、助けを求めるように会話に参加してきた。
健二さんは笑いながら、今作るわね、と言ってフリフリのエプロンをつけて、料理を始めた。なんだか、懐かしいその光景に胸が熱くなる。
「ねぇ主任、料理が出来るまであっちで二人で飲みましょうよぉ」
と、主任はおネエさんに引きずられて行ってしまった。
「……大丈夫でしょうか、主任」
「自業自得だろ、勝手についてきやがって……」
やはりそれで機嫌が悪かったのか……双方に申し訳ないことをしてしまった。
「すみませんキラさん、せっかく誘って頂いたのに主任まで……」
「今度埋め合わせしてくれるなら許す」
「あ……はい、それはもちろん」
私のその言葉に気を良くしたのか、カウンターで隣に座るキラさんはフッと笑い、私に手を伸ばし頭を撫でた。
「次は絶対に二人で頼むぞ」
「……はい」
駄目だ、胸が苦しい。
その時だった……
「おっと……甘いなっ! 誰かと思えば、稀羅じゃないか」
「……っはぁぁぁぁぁ゛───」
その人物の登場に、キラさんは大きな大きなため息をついてうなだれた。
……でも私の頭の上にある手は、なぜかそのまま。