キラくんの愛は、とどまることを知らない

007

 
「───と、いう事なの」
 
 次の週、私はマンションにヒカリを誘い、父が亡くなってからのこれまでの事を話した。
 
「……」
 
 ひと通り話終えたが、ヒカリは話の途中から口と目を見開きあんぐりしたまま動かない。
 
「ヒカリ?」
 
「……ひよ子、あんた只者じゃないとは思ってたけど……やっぱりヒロインだったのね」
 
 またヒカリが世界(・・)に入ってしまった。
 
「……そうなるのかな? ははは……」
 
 こうなると、否定すればするほどヒカリは一人炎上するので恥ずかしいが同調するのが最善なのだとある時気付いたのだ。
 
「それで、そのキラさんとやらはいつ紹介してくれるの?」
 
「……え? 紹介?」
 
 恋人でもないのに、何故私はヒカリを彼に紹介するのか……
 
「主任は紹介してくれたじゃん」
 
「主任はただの上司だよ! 紹介しようとしてたわけじゃなくて、たまたま釣りに行ってなりゆきでっ!」
 
 ヒカリは未だに私と主任の仲を疑っていたらしい。どうしてそんな風にばかり考えるのか。
 
「ふーん、たまたま一緒に釣りに行き、たまたま家に上げて、たまたまゲイバーにも行っただけ? ───いーかいひよ子ちゃん。たまたまなんて事はあり得ないから。どちらかにその意思がないと男女の行動は重ならないの。ましてや職場の上司なんかとね」
 
「……っでも、私はそんなんじゃ───」
 
 ヒカリは人差し指を立てて私の唇の前に置き、それ以上の言葉を遮った。 
 
「ひよ子()ね。でも、少なからず主任はあんたに気があると思うよ……だって絶対あの人、真面目だもん。なんとも思ってない部下とプライベートを過ごして平気なほど器用に見えないし、飲みした時もただの部下に見せる顔じゃなかったしね」
 
「……」
 
 ヒカリを疑うわけでは無いが、考え過ぎではないだろうか……真面目だからこそ、部下とどうなるとか考えていなそうというか。
 
「あー! わかっちゃった私。わかっちゃったよひよ子! あんた、もうすでにキラさんが好きなんでしょ! だから、主任に好かれてるとか思いたくないんでしょ! 絶対そう! じゃなきゃ普通は、頬を染めてどうしようっとか言うはずだし、思えって感じ」
 
「なっ! またそんな極端な事ばっかり! どうしてヒカリはゼロか100しかないのよ!」
 
 もう、本当にヒカリの頭のなかを覗いてみたい。恋愛脳過ぎやしないだろうか。
 
「あのさぁ、私だってもう恋バナでキャッキャ言ってた学生じゃないの。真面目に話してるんだよ? ひよ子は気付いてないかもだけど、自分から私に男の話したの初めてだからね。今まで私が問い詰めるかなんかしないと絶対に相談もしてくれなかったし、前にも進まなかったじゃん」
 
「……昔の事を言われても」
 
 あの頃は、父の事や借金などのお金のことを考えると、とても恋愛どころじゃなかったし、何よりも家の事を誰かに知られるのも嫌だった。その結果、人間関係は必要最低限になってしまっていたのだ。
 きっと、その癖が今でも抜けておらず、先日主任に言われたような印象を職場で持たれていたのだろう。
 
「そういえば、今週末は、主任にもキラさんにも誘われなかったの?」
 
「……誘われたけど、両方断った。今週一週間、平日の夜一人になると色々考えすぎて全然駄目で、今日は絶対にヒカリに話し聞いてもらいたくて」
 
 主任からは先週と同じように、金曜日の今日、今夜どうだ? と言った感じで誘われた。
 キラさんからは……先週、健二さんのお店を出てマンションに送ってもらった際に、予定が無かったら今度こそ二人で出かけよう、と言われていた。 
 
「うっそ、先週の今週で、両方から誘われたわけ? もうさ、主任、ひよ子のこと大好きじゃん。何が楽しくて一週間毎日仕事で顔合わせてる部下を、金曜の夜まで誘うのよ。それは完全に一緒にいたいから、特別な関係に進展したいからっしかないでしょ。キラさんはいわずもがな、全力投球な感じでいっそ清々しいけど」
 
「……想像できない、主任と付き合うとか……職場一緒なのに付き合ったら気まずくて仕方ないじゃん……」
 
「社内恋愛かぁ、まわりが公認かそうでないかによるだろうけど、付き合いたてなんかは毎日きゅんきゅんしちゃうだろうね。仕事に集中できないかも私。きっと向き不向きがあるわね」
 
「……」
 
 毎日きゅんきゅん……ないな。主任とは絶対にない。
 はなから、“みんなの主任”だという部分も大きいが、主任はどちらかと言うと、こんなお兄ちゃんいたらいいな、と言う感じの癒し系と言うか……絶対に気まずくなるのは嫌な人だ。
 
 でも、もしキラさんが職場にいたら……これも駄目だ、想像するだけで心臓が保たない。
 
「……ねぇ、後半誰の事考えてたの? 苦しそうに胸なんか押さえて、顔赤くしちゃって」
 
 つい色々考えていたら、気付くとヒカリが私の顔を覗き込んでニャニヤしていた。
 
「はぁ……困ったぴよちゃんだな。よし、スマホ貸しなっひよ子!」
 
「え、やだよ。何する気? そんな大学生のノリはやめようよヒカリ」
 
 絶対にどちらかの当事者に連絡する気だ。
 
「え、私の可愛いひよ子が未だかつて見たことない恋する乙女な顔をしてるから、そんな顔をさせた張本人にも見せてやろうかと思って」
 
「なっ……誰だかわかってるって事? お願い勘弁して、胸がきゅーって苦しい……っなんかしらないけど、勝手に涙が出てくるっ」
 
 本当に胸が苦しい。初めてのことに、自分でもどうなっているのかわからず、なんだか怖い。
 
 すると、ふわりといい香りがし、柔らかで優しい温もりに包まれた。ヒカリが私を抱きしめてくれている。
 
「大丈夫だよ、ひよ子───怖がらなくていいの……“はじめまして、初恋さん、よろしくね”って、受け入れてあげて」
 
「初恋? 冗談よしてよ、何歳(いくつ)だと思ってんの……こんなに苦しいんだから、違う病気なんじゃない? 心筋梗塞かも、お父さんもそうだったから……病院、行ったほうがいいかな?」
 
 夜間救急はどこに行けばいいのだろうか、引っ越したばかりでわからない。
 
「ひよ子、それで病院行ったら、一生もんのネタだよ」
 
「……」
 
 ヒカリも経験があるからこそ、そんなに悠長にしているのだろうが、本当に心臓の病気だったらどうしてくれるのか。
 
「キラさんを呼んであげるってば、飛んで来てくれそうじゃない?」
 
「どうしてっ! ウッ……その名前聞くだけで苦しい……」
 
「あはははは! 本当にこの姿を本人に見せてあげたいんだけどっ! ひよ子ってば、可愛いんだからっ! 大好きっ」
 
 大好きは嬉しいが、今はそれどころじゃないんですけど……
 
 ……初恋って、こんなに命がけなの? 初恋怖い……
 
 
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