キラくんの愛は、とどまることを知らない

side キラ

 

 
「……なんか、ひよ子が苦しんでる気がする」
 
「え? なによ、怖い事言わないで頂戴。珍しく一人で来たかと思えば、なんなのよ」
 
 金曜日……ひよ子に断られた俺は、なぜか健二の店に来ていた。
 一人でいると、どうしても先週末の楽しいひと時とひよ子の笑顔を思い出して、発狂しそうになってしまうからだ。
 
「ひよ子、何してんのかな……友達と会う約束してるって言ってたけど、なんか胸騒ぎがする」
 
「え?! 何よちょっと、アンタ顔色悪いけど! どうしちゃったわけ? ひよ子ちゃんが好きすぎておかしくなっちゃったの? そんなに心配なら連絡してみたら?」
 
 顔色? 俺は健康優良児だ。だが本当に胸騒ぎが……でも、友人との時間を邪魔したくはない。うざい奴だと思われたくない。
 
「……」
 
「もうっ! 男らしくないんだから! ───……っあ、もっしもーし、健二でーっす! ひよ子ちゃん、今具合悪かったりしないわよね? 無事よねぇ~? なんか、店のカウンターにおかしなこと言うイケメンがいて、営業妨害だから、連絡してみたのぉ!」
 
 健二め、どうしてお前はそうやって相手の都合を考えずズカズカと連絡できるんだ。心臓に毛でも生えてんじゃないのか?
 
「……え? あらやだっごめんなさい、先にベラベラとしゃべっちゃって、お友達だったのね! ごっめぇん、何ちゃんって言うの? あ、そう、ヒカリちゃんって言うのね、電話に出るなんてひよ子ちゃんと仲がいいのね、それで、ひよ子ちゃんは───……っえ? ……うそ、それ本当?! っ大丈夫なの?!」
 
 突然、健二がおっさんの声に切り替わった。
 
「おい、健二なんだよ、ひよ子がどうかしたのか?!」
 
「っヒカリちゃん、ちょ、ちょっと待ってねぇっ───稀羅くん、あんたの勘が当たったみたいよ。ひよ子ちゃんが突然苦しみだして、今夜間救急にいるって」
 
「っ───!」
 
 俺は店を出て車に乗り込んだ。
 
 ───……酒飲んでなくて正解だったなっ。
 
 すぐさま封印していたひよ子のスマホにいれたアプリを起動し、その位置情報から俺は病院に向かった。
 
 
 ──────
 
 
 病院についてひよ子のスマホに電話をかけると、知らない女が出た。そのまま夜間入り口から中に入ると、丁度お互いスマホを片手に話していたため、すぐにその女がさっき健二が言っていた“ヒカリちゃん”だとわかった。
 
「ヒカリちゃんだな? ひよ子は?」
 
「キラさんですね!? 健二さんが多分向かったって……ひよ子は今処置中で……すみません、私がもっと早く救急車呼んであげてたら……っ」
 
 泣かれても困るんだが……どういう状況なのか説明してもらいたいが、今この子を責めてもしょうがない。
 
「落ち着いたらでいいから、状況を説明して欲しい」
 
「はいっ……すみません、大丈夫です。最初は胸が苦しいって言ってたので、話の流れでその……恋してるから胸が苦しいんだよって、ふざけてたんです。でも、ずっと治まらなくて、変な汗かき始めて、流石におかしいなって……救急隊の人が言うには、アナフィラキシーの症状に似てるって……」
 
 ───……こ、恋? 誰にだよ、すごく気になるけど今は駄目だ。
 
「……なんかのアレルギーか? いつもと違うもの食べたか?」
 
 ひよ子のアレルギーまでは把握していなかった。健二の料理は残さず食べてたみたいだから、気にしてなかったな……
  
「……いつもと違うものなんて……あ、まさか海老かな?! えびチップス食べてました! お土産でもらったやつ! でも、えびチリとか普通に食べてたような……」
 
「突然起こることもあるからな……」
 
 
 その後、動揺していたヒカリちゃんの婚約者だという男が現れて、三人で待っているような状況になった。なんとなく気まずいので、俺が代わると伝えて、二人には帰ってもらった。
 
 健二にニワトリとタマゴを頼むと連絡したところで、ひよ子の処置をしていたらしい医師が出てきた。
 関係性を聞かれ、迷わずハッキリと“婚約者です”と答えた俺。誰も聞いていませんように。
 
 結果的にひよ子はアナフィラキシーなどではなく、突発的なストレス性の胸の痛みだったのだろうとのことだった。心臓や肺には特に急を要する異常は見当たらないという。
 
「まぁ、心配でしたり今後も頻繁に起こるようでしたら精密検査をお勧めいたします。本人も目が覚めてますので、看護師に言ってお帰りになって頂いても大丈夫ですよ」
 
「はい、ありがとうございました」
 
 精密検査一択だろ。絶対受けさせよう。
 
 
 その後看護師の女性に案内された処置室の簡易ベッドの上で、ひよ子は横になっていた。
 
 俺の姿を目にして、驚いていたのは言うまでもない。
 
「大丈夫か? ヒカリちゃんは婚約者が迎えに来たから、ひとまず帰ってもらったぞ」
 
「あ、はい……」
 
 頭がハッキリしないのか、声が弱々しい。
 
「大丈夫なら帰っていいそうだが、動けそうか?」
 
「はい……すみません」
 
 帰っていいと言われたが、こんな状態でマンションで一人にしておけるわけはない。
 
「ひよ子、この週末は俺のマンションで休まないか? こんな状態で一人にするのは心配だ。健二にも来てもらって、うまい飯食べて、ニワトリ達とゴリラのおっさんでアニマルセラピーもしたらいい」
 
「っ……」
 
 泣きそうな表情を見せるひよ子が、今どんな心境なのか俺にはさっぱりわからなかったが、ここで俺にとってナイスなアシストが入る。
 
「彼氏さん、優しいわね。こんな時くらい思いっきり甘えたらいいのに。彼氏さんもさ、ちょっと強引にでも連れて行っちゃったらいいのよっ。自分から甘えられない子っているから」
 
「わかりましたお姉さん(・・・・)。助言、感謝します。───よし、ひよ子。医療関係者からの指示だ、俺んちに連れて帰るからな」
 
 とてもいい助言に、思わずチップでも渡したくなったが、ここは日本だ、やめておこう。代わりにお姉さん(お世辞)を言っておいた。
 
  
 浮かれているのがバレないように、表情に気を付けていると、助手席に乗ったひよ子が俺に話しかけてきた。
 
「……ヒカリに、連絡してもいいですか?」
 
「おっと、そうだな。ほら預かってたスマホ、持てるか?」
 
「……もう、こんな時間……ずっといてくれたんですか?」
 
 時間を見て驚いたのか、ひよ子が呟いた。
 
「ああ、当たり前だろ?」
 
「……っ……もう遅いので、ヒカリにはメッセージだけ送ることにします。すみません、週末お世話になります」
 
 週末と言わず、ずっとでもいいんだけどな。
 
「それがいいな、じゃ車出すぞ? あ、ひよ子のマンション寄るか? ヒカリちゃんが鍵持ってるから、戸締り系はしておいてくれるって言ってたけど」
 
「ヒカリがしてくれたなら、大丈夫です。ありがとうございます」
 
 
 こうして俺は再び、ひよ子を連れて帰ることに成功する。
 週末だけだが……めちゃめちゃ嬉しい。言葉の語尾に音符マークがついてしまいそうだ。
 
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