キラくんの愛は、とどまることを知らない

side kira

 

 
「なぁ健二……俺、ついに死ぬのかもしれない」
 
「そうなの? 死ぬ前に、“遺産はすべて健二へ♡”って遺言書書いてくれるかしら」
 
 ふざけるな、どうしてお前に……いや世話になってるし一億くらいはやってもいいかもしれない。
 
「今度は何? ひよ子ちゃんとおデートしてきたんでしょ? 幸せ過ぎて死ぬって?」
 
「そうなんだよ。俺、まともなデートって初めてでさ。デートに熱くなる奴らは皆馬鹿だと思ってたけど……デート、最高だな」
 
 俺はニワトリを抱き上げ、その腹に顔を埋めてとにかくいっぱい吸う。なかなか重量級のニワトリを抱き上げるのは、筋トレにもなる。
 
「ようこそ馬鹿の世界へ」
 
「俺、ひよ子に関してだけは馬鹿でいい」
 
「その様子だと、お付き合いくらいはスタートできたの?」
 
「……お付き合い? お付き合いって何かはじまりの合図がいるのか?」
 
 俺とひよ子は外で手をつないでデートして、屋台の食いもんをシェアして、カップルだらけの中に混じって夜景も見た。
 ……この前はオムライスをあーんしてくれたしな。付き合っていないという方がおかしいだろ。
 
「まさか、ハッキリ伝えずにダラダラなわけ? 駄目よ、ひよ子ちゃんみたいなタイプはハッキリ言葉にしないとっ!」
 
「言葉になら何度もしてる。“好きだ”なんて何十回言ったことか」
 
「好きだから何なのよ! せめて、“俺はひよ子の恋人になりたい(真剣なまなざし)”とか“今日からお前は俺の彼女なっ(ウィンク)”とか“俺をひよ子の彼氏にしてくれるか? (上目遣い)”くらい言って、返事をもわらなっくっちゃ!」
 
 健二の真剣なまなざしとウィンク、上目遣いの破壊力が強すぎて肝心のセリフが頭に入ってこなかった。
 
「健二の言っていることも一理あるな。俺的にもハッキリさせておきたい。主任との噂の件もそのままにはしておけないしな」
 
「あら、なぁに? 主任との噂って。もしかして、付き合ってるとか噂されてるの? あの二人」
 
 ひよ子の話によれば、噂の元凶はこのおっさんにある。
 
「お前が紛らわしい愛妻弁当をひよ子に持たせるから悪いんだよ!」
 
「えっ?! 私のせいなの?! やだぁん、どうしましょう。作ったのは私よって名乗り出たらいいかしら……」
 
「別の問題が浮上しちまうからやめとけ。さすがにそれは主任が可哀想だ」
 
 ……ん? 待てよ……主任はどうして誤魔化してんだ? ハッキリ違うって言えば済む話だろ。あいつが秘密、とか言ったせいで、おかしなことになってんじゃないのか?
 
「なぁ、主任ってまさか、ひよ子に気があったりしないよな?」
 
「あら、自分が要警戒人物に指定してたの忘れたわけ? “絶対ひよ子に気がある”って叫んでたじゃない」
 
「……」
 
 そうだった。
 ひよ子が俺に心を開き始めてくれたのが嬉し過ぎて、すっかり忘れていた。
 
「早々に手を打っておかねばならない、由々しき問題があったようだ」
 
「やだ、怖い」
 
 これまでのポッと出の奴らとは違うからな、職場が同じである以上は、ハイさよならとはいかない。細心の注意をはらわなければ。
 
 俺は相馬に連絡し、ハニートラップならぬ美女とのマッチングを主任にして差し上げることにした。
 
 主任が女受けのいい面だったおかげで、相手の女はすぐに見つかった。もちろん、ひよ子の職場の主任に変な女をあてがうつもりはない。
 
 今回システムの入れ替えを引き受けている子会社の女性社員だ。年齢も28歳と主任と丁度いい。
 
 次の打合せに連れて行き、出会わせることにした。
 
 
 ──────
 
 
 そしてその日はすぐにやってきた。
 
「おい、最初からぐいぐい行き過ぎるなよ」
 
 ここへ来る前、その女子社員と軽く仕事の打合せをしたが、俺の顔を見て顔を赤くしていた事以外は心配なさそうだ。仕事もなかなか出来るようで、理解力はまずまずだった。
 
「もちろんです。私も本気で落としたいですから。あんな優良物件をご紹介頂けて感謝いたします」
 
 すでに彼女はハンターの目をしていた。
 頑張ってくれたまえ。
 
「上手く行ったら祝儀ははずんでやるぞ」
 
「おっしゃいましたね。私、祝儀より顧問から本社に引っ張り上げて頂きたいです」
 
 なんて欲深い奴だ。でも、まぁ会社としては仕事に意欲的な社員は悪くない。
 
「それは仕事ぶり次第だ。実力のない奴はいらない」
 
「しびれますね、顧問に認めて頂けるように精進いたします」
 
 今日は俺の隣だけ、一人戦場へ向かうかのようなオーラを放っていた。面白くなりそうだ。
 
 
 ──────

 
「本日は、私の補佐をご紹介させて頂きます。今後、メールのやり取りなどはこの者を通して頂ければと。簡単なご質問なども、すぐにお答え可能かと思いますので、よろしくお願いします」
 
辺見(へんみ)と申します。よろしくお願いします」
 
 突然の補佐の登場に、大きな目をパチパチさせて、キョトンとしているひよ子が可愛い。どうしてあんなに可愛いのか。
 
 俺は名刺交換を行う辺見と主任そっちのけで、ひよ子ばかりを目で追っていた。
 
 
「いやぁ~、やっぱり御社は女性もお洒落なんですねぇ。キラさんと並ぶと美男美女で圧巻です。なぁ、吉良」
 
「えっ? あ、はい。そうですね、とてもお綺麗でカッコよくて……」
 
 主任は今日も余計なことを言う。

 辺見にはあまり華美にならないように、と伝えておいたのだが、そうは言われても最初の印象を良く見せたかったのだろう。
 服装は真面目な感じではあるが、メイクにネイル、髪の毛はバッチリ決め込んでいるように見える。
 
 ひよ子はスッピンでも肌が綺麗でかわいい。まつ毛も濃くて長くてかわいい。天然のチークは悶えるほどかわいいし、唇の色も健康的でかわいい。とにかく、ひよ子は何もせずともかわいいが渋滞しているから、そのままでいい。
 
「大丈夫です、吉良さんは天然の透明感のある素材の良さで十分可愛らしいですから」
 
「「「……」」」
 
 しまった。つい思っていたことが口から出てしまった。隣の辺見から視線を感じる。
 
「よかったな、吉良。俺もお前は可愛いと思うぞ」
 
「私も吉良さんのその透き通るお肌が羨ましいです」
 
「……すみません、なんだか皆さんに気を使わせてしまったようで……」
 
 照れてるひよ子も可愛い。
 あれ、どうしてかな……俺今、睨まれたような……でも、睨んでるひよ子も可愛い。
 
 その後無事に打ち合わせは済み、主任と辺見のマッチングも済み、ひよ子も可愛かったからよし。と、満足した俺は、エントランスで辺見と別れ、迎えの車に乗り込む。
 しかし、なぜか運転手は助手席に座る相馬の顔色を伺いながらすぐに車を出さない。
 
「おい、迷惑になるから早く出せよ」
 
「よろしいのですか? ……」
 
「あ?」
 
 相馬が見ろとばかりに視線で語るので、バックミラーを見れば……
 
「っ!? ちょっ、と待っててくれ」
 
「はいはい……」
 
 やれやれと言った様子の相馬が頭にくるが、今はそれどころではない。俺はすぐに車を降りた。
 
 
「ひよ子っ! 危ないだろ、どうした?」
 
 バックミラーには、車を探すようにして駐車場をウロウロしているひよ子が映っていたのだ。
 
「……っあ、あのっ……その……っ今夜、健二さんのお店に一緒に行ってくれませんか?」
 
 ───……ひ、ひよ子が俺を……デートに誘っている! ……のか? でも健二の店……
 
 
「もちろん、大丈夫だ。終わる頃迎えにくればいいか?」
 
「っ……いいんですか?」
 
「当たり前だろ、一分一秒でも早くひよ子に会えるんだから、俺はそうしたい」
 
 俺が本心からそう伝えると、ひよ子は俺の目を見て頬を染め、ふにゃりと柔らかに笑った。
 
「っ───! (かわっかわっ可愛いっ……!)」
 
 瞬時に口元を押さえ、言葉が漏れ出ないように耐える。
 
「ありがとうございますっ! ではまた夕方にっ! 引き留めてすみませんでした」
 
 ひよ子はペコっと頭を下げて可愛く庁舎の中へと戻っていった。
 
「今……何が起きたんだ……天使が舞い降りたのか?」
 
 俺はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていた。
 
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