キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
「いらっしゃぁ〜い♡ もぅっ遅かったじゃないっ───って……むむ、健二の第六感が反応してるわ……あなた達、何かあったわね?」
結局、健二の店に着いたのは21時になる少し前だった。
俺とひよ子が恋人同士になったのは19時35分。そこから何をしていたかは……フッ……
「健二、よくぞ聞いてくれた。本日19時35分、俺はひよ子の“恋人”に昇格した」
俺は見せつけるように、堂々とひよ子の肩を抱き寄せる。少し照れながらも笑みを浮かべて俺を見上げるひよ子が叫びだしたいほどにかわいい。
「あら、あらあらあらあらっあらやだっ……! ついに20年越しの初恋が実ったのねっ!? おめでとうっ二人ともっ! ……っと、こうしちゃいられないわっ」
健二はいそいそと店の看板を下げ、ドアの案内もCLOSEDにして戻ってくると、俺達の事はそっちのけで、忙しそうに動き出した。
スマホを二台使い、あちこちに電話をかけたり、メッセージを送ったりしている。
「……なんだか健二さん、忙しそうですね」
「ひよ子が一番最初に健二に報告したいって言うから来たが……まぁ、こうなるとは思ってた」
俺的にはマンションでゆっくり過ごしても良かったが、ひよ子の笑顔が見れる場所が一番だ。
きっと健二は、俺の初恋が成就したと関係者全員に連絡しているのだろう。そしてきっと一時間以内には……
「ふぅ〜っ……っ───あ! あらやだ私ったら!」
自分のすべき事は済んだとばかりに大きなひと息をついた健二は、また叫んだ。
「今度は何だよ……」
「あなた達、ご飯は? 何か食べてきたの?」
───……母ちゃんか。いや、父ちゃんか。
「いつもありがとうございます。来る途中に、キラくんがおにぎりカフェに寄ってくれて食べてきました。看板猫がいる可愛いお店でしたよ」
「……っ!」
色々と思い出してニヤけてしまう顔を隠すように、俺は自分の手で口元を押さえる。
───展望台を出発しここへ向かう途中……
車に流れる音楽の、丁度切れ目の静かな一瞬に、ひよ子が可愛い腹の音を鳴らしたのだ。
『お腹、鳴っちゃいました……恥ずかしい』
と、破壊力抜群の可愛いセリフまでつけてくれたため、俺はニヤけながらウィンカーを出し、視界に入っていたカフェに車を停めた。
なんと、そこが大当たり。
20時を過ぎたから、と店内全品50%オフにしてくれたため、ひよ子が大喜びだったのだ。
おまけに、看板猫だという猫は“おにぎり”という名で、白い毛に黒い海苔のような配色をしていた。
それを見たひよ子は、言った。
『ニワトリとタマゴに会いたくなりますね』と……
すかさず俺は言った。
『今から会いに行くか?』と……
しかしひよ子は頬を染めて言った。
『……まずは健二さんに報告してからにします』
少し残念だった事は秘密だ。
店内にイートインスペースがあったため、俺達は豚汁とおにぎりのセットを注文し、外が見えるカウンター席で、並んで食べた。
ひよ子は明太子と高菜の二つ。
俺は明太子といくらと鮭の三つだ。
食べながら、おにぎりの具で何が一番好きか、という話になり、お互いに当てたら願い事を一つきくことにした。
ひよ子は俺の一番を当てられなかった。
いくら、と予想していたので、“おしい、二番目だ”と答えた。俺は今日からいくらを二番目に好きになおにぎりの具にしてやる事にした。
当然俺は当てた。ひよ子の一番は明太子だ。なぜなら、俺が一番好きなのも明太子だから。
俺はひよ子に願い事を伝えた。
『キラさんっじゃなくて、昔みたいにキラくんって呼んで欲しい』……と。
結果、先ほどのキラくん呼びだ。
健二のニヤける顔も、今だけは許せる。それくらいに俺の気分はすこぶる良好だった。
そして、そんな会話をしていると……
看板が下がりCLOSEDとなっているはずの健二の店のドアが少し乱暴に開かれ、肩を上下し呼吸を荒くした女が立っていた。
「───っみ、美九里ちゃんっ!? どうしてあなたがこんな所に……」
俺は驚きの声を上げる健二を睨みつけた。それは俺のセリフだ。
「……」
美九里は何も言わず、ただ俺が身体を抱き寄せ囲っているひよ子を睨んでいる。
面倒な奴が現れた……とにかく俺にはそれしかない。
「───美九里お嬢様! いけません、あなたがこんな場所に来ては……って───何故お前が……」
もっと面倒な奴が現れた。美九里の腰巾着、もとい付き人兼ボディーガードの政宗だ。あいつは昔から俺を目の敵にしている。
ブブッ……
健二のスマホが振動した。
「キラ様! どういう事ですか! あなた様は美九里の夫になるおひとなのに! なんなのよその女はっ!」
「お、お嬢様、そのお話は六歳の時に無くなりました、と何度お伝えしたら……」
また始まった……美九里は幼稚園の頃、俺に結婚しろと言ってきた園児の一人で、現在の防衛大臣の娘だ。
あの女は親を使って、俺と婚約でもするかのように動いたが、俺はひよ子と出会ったその日に両親に報告していた。
『お母さん、お父さん、僕ね、絶対にひよ子をお嫁さんにするんだ! 頑張って億万長者になる!』と……
それ以来、親から美九里の話は一切聞かなくなった。断ってくれたのだろう。
だがとんでもなくしつこい美九里は、幼稚園から大学までずっと政宗を引き連れて俺につきまとっていたのだ。
「ちょっとそこの女! キラ様から離れて!」
偉そうに人差し指をひよ子に向けた美九里の指を折ってやろうかと思ったが、なんとひよ子はサッと俺の腕の中から出ていってしまった。
───……しまった、ひよ子はこの手の女が苦手に違いない。
極力目立たず静かに生きてきたひよ子は、美九里のような自分が主役だと思い込んでいる女とは、絶対に関わりたくないはずだ。
「ひよ子っ───」
俺は離れかけたひよ子を再び抱き寄せ、逃げないようにガッチリ囲い直した。
「やっぱりあなたが“ひよ子”なのね! 昔からずっと私の邪魔をしていた“ひよ子”!! 本当に忌々しい!」
俺とひよ子の幸せな時間は、一瞬で終わった……