キラくんの愛は、とどまることを知らない

010

 
 突然現れた女性に、“キラ様から離れろ”、“忌々しい”と告げられた私は、正直に言うと何が起きたのかわからなかった。
 
 ただ……そんな私でも、間違いなく美九里と呼ばれるその女性から、嫌われている、ということだけはわかる。なぜ初対面で? 私が何をしたというのか。
 
「おい政宗、お前のお嬢様(・・・)を早く連れて帰れ。こんな所(・・・・)にいたらまずいんじゃないか?」
 
 キラくんが冷たく言い放った。女性の隣にいる男性と知り合いのようだ。

「キラ様っ私、先ほどまで冬亜くんと会食で一緒でしたの───」

 冬亜くん、という事は白森さんの事だ。きっと相馬さんも含め、みなさん知り合いなのだろう。

 すると、健二さんがコソッと私とキラくんに耳打ちしてくれた。先ほどの電話は白森さんからだったようだ。

「(小声)美九里ちゃん、私と白森くんの電話を聞いてたみたいなのよ。稀羅くんに彼女が出来たって知って飛び出してったって……あ、ひよ子ちゃん、美九里ちゃんはね、稀羅くんの幼稚園からのストーカーだと思ってくれればいいわ。私もドン引きの本当にヤバい子なの」

 それを聞いて、少し安心した。
 現在、キラくんの腕の中に囲われている自分が、本当にこの場にいていいのかすら、少し不安だったから……

「(小声)ありがとうございます健二さん」

 健二さんに笑顔でお礼を伝え、私は顔を上げてキラくんを見た。初めて見るような怖い表情をしている。

「父も、キラ様なら私の婿として申し分ないと言っておりますわ。これまで、白森様にも何度となく話を通してくださるようにお願いしておりましたのに、のらりくらりとかわされてしまっていましたの……それなのに……“ひよ子”……」

 また凄い目で睨まれた。いや、店に入ってきた瞬間から睨まれてはいたけど……

「おい政宗、早く連れて帰れよ」

「キラ様! どうして私では駄目なのでしょうか? 防衛大臣の娘だからですか? ですが、法務大臣である貴方様の御父上との関係は悪くないようですし、家柄だって……」

「政宗! 隣の女を黙らせろ」

 怒りを感じるキラくんの声に、思わずビクッとしてしまった。
 そんな私に気付いたのか彼の私を抱く腕に、チカラが込められた気がする。

 そんなことより、今、美九里さんは何と言った?

 “防衛大臣の娘”? ……“法務大臣である貴方の御父上”? 間違いなく、キラくんに言っていた。

 キラくんは以前、私に自分の両親について“国家公務員”だと話してくれた。……まぁ、確かに……大臣も国家公務員に間違いはないけど……

 考えてみたら、記憶にあるなんとか大臣の一人に“黒霞大臣(くろかすみだいじん)”と呼ばれる人がいたかもしれない。
 
 キラくんの怒りを含んだ声に、美九里さんは少し黙ってしまったが、政宗という人物はキラくんを睨みつけているだけで、何もしようとしていない。
 政宗さんはキラくんを、美九里さんは私を、睨んでいるといった、混沌とした状況だ。

「……キラくんのお父さんは法務大臣だったんですね」

 現実味なく私がただ呟くと、美九里さんは馬鹿にしたように声を上げた。

「あなた、そんな事も知らなかったの? ああ、教えてもらえなかったのね───なんだ、お遊びの相手だったのか。私ったら、つい早とちりしちゃったわ……っでも、気に入らないわね。“ひよ子”って名前は!」

 ───……ひぃ、怖い!

「……私達、今日お付き合いを始めたばかりで……」

「うるさい! あなたは黙ってなさいっ!」

 ───……ひぃっ! 怖すぎるっ! お口チャックです!

「……いい加減にしろよ政宗(・・)、警察呼ぶぞ。“防衛大臣の娘、ゲイバーでご乱心”ってネットニュースを見たくなけりゃ、早く連れて帰れ」

 “法務大臣の息子、ゲイバーの常連”はニュースになっても大丈夫なのだろうか……

「っ……“ひよ子”、あんたは今だけよ? ……キラ様は私と結婚するんだから。せいぜい、短い恋人ごっこを楽しむのね! ……気に入らないけど!」

 余裕のあるフリが、不完全すぎて少し残念な気がする。キラくんと結婚……今までの会話とキラくんの様子からして、ただの美九里さんの願望(・・)なのだろう。

「大体、あんたとキラ様じゃ釣り合わないわ! ちょっと可愛いからって調子に乗らない方がいいわよ。家柄も何もかもね!」

 釣り合わない事は、私も重々理解している。
 でも……家柄?

「……キラくんはキラくんです、親御さんは関係ありません」

 私は親で子の価値を決める人間が好きではない。子供は親を選べないのだから。

「大臣の娘、として生まれた貴女も、ただ運が良かっただけですよね。私はzuv.tecのトップであるキラくんと釣り合わない、と言われるなら自覚していますが、キラくんの家族でもない貴女に、家柄がどうのと言われる筋合いはないと考えます」

 しまった……つい言い返してしまった。

「っっ生意気な!」

 怒り狂う美九里さんとは真逆に、私を抱き込むキラくんが、嬉しそうに私の首元に顔をうめ、言った。

「(小声)ひよ子、カッコいい……そのとおりだ。大好きだよひよ子……」

「───っひェ゙っ!」

 首にチュッとキスされ、思わず変な声が漏れる。

「(小声)キラくんっヤメてっ───くすぐったい!」

 はたから見れば、完全にただのイチャつくカップルにしか見えないだろう。

「……イチャついてんじゃないわよ! 頭にくるわね! 覚えてなさいっ! ───っ行くわよ政宗!」
 
 バタンッ! とドアが閉まる。
 
「「「……やっといなくなった……」」」
 

 私達は全員ホッとした……のも束の間。

 その後、白森さんや相馬さん、ヒカリにコウくんと集まってくれ私とキラくんのお祝いをしてくれたのだった。








 ───翌朝……


「……ん───っ」

「……」

(にゃぁ〜ご)
(にゃぁ〜お)

「(小声)しっ! まだひよ子が寝てるだろ! 起こすな!」

 すぐ隣から、ニワトリとタマゴをなだめる声が聞こえる。

(にゃぁ〜お)
(にゃぁ〜ご)

 しかし、二匹の甘える鳴き声はやまない。

「……っふふ……全然いう事聞いてない……可愛い……」

 微睡みの状態で、私は呟く。

「……起こしちゃったか?」

「んーん……丁度起きた所でした」

「おはよう、ひよ子(チュッ)───……」

 キラくんが私の頬にキスをする。


 結局昨日は色々あり、そのつもりはなかったが、キラくんのマンションにそのまま泊めてもらったのだ。

「あぁ~、ついに俺はひよ子におはようのキスをするまでになったか……」

 一人で何やらブツブツと言っているが、そもそもなぜここにいるのか。私はたしか自分の部屋に……

 ───……あれ、違う部屋だ。

 
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