キラくんの愛は、とどまることを知らない

011


『……ひよ子、会いたい』
 
 一緒に過ごした週末から、まだ二日しか経っていないというのにキラくんから会いたいと言われた。
 一瞬、嬉しいっと喜んでしまった私だが、実際は話があるから(・・・・・・)会いたい、だったようで……私のぬか喜びだった。

 何故か、今日は迎えに行けない、と言われたため、初めて一人で健二さんのお店に向い、恐る恐るドアを開ける。
 カウンターにキラくんを見つけ、ホッとした。しかし、キラくんの表情はどこか暗く、私と目が合うなり席を立ち、抱き締められた。
 開店前だからか、店内には私達以外誰もいない。健二さんもどこか静かだ。
 何かあったのだろうか……

 そして───

「……週刊誌にネットニュース、ですか……」

 話しを聞いて思ったのは、逆に今までよく取り上げられなかったな、だ。
 正直にいえばキラくんのスペックで、ずっと裏方でいれた事が白森さんのおかげというか……

「すまないが、ひよ子の所のシステムも表向きの担当を降りることになった。打ち合わせなんかは辺見に任せるが、最終的には俺が作るから……」

 それは別にかまわない、仕事だし。

「ひよ子ちゃん、お仕事は大丈夫そう? 主任との噂の件、本当にごめんなさいねぇ」

「あ、いえ……大丈夫です」

「ひよ子、嘘はつくな」

 キラくんにはお見通しだった。ウチの会社にキラくんのスパイでもいるのだろうか……

 本当は、あまり大丈夫じゃない。
 それについては、つい昨日、噂がなかなか消えない理由がわかった。
 私との噂を聞いた主任ファンの一人が、ただの噂ならば、と主任に告白したらしいのだ。しかし主任は……“好きな相手がいる”と断ったという。

 今では、その相手が私ではないか、とまた新しい噂が浮上しているのである。

「正直に言えば、今この話しを伺うまでは、私は恋人がいる、と言おうと思っていました。でも、やめたほうがよさそうですね」

 キラくんと手を繋いで駐車場に向かったあの日、やはり見ていた人がいた。まぁ、逆にそれで、三角関係だのと言われてもいるようなのだが……
 でも、私がハッキリとそちらが本当の恋人だ、と言ってしまえば丸く収まるかと思っていた。
 
「でも、キラくんが騒動を理由に担当を降りるのも、逆に良かったというか……」

 今はまだ、私とシステム業者のイケメン、という噂は出ていないようなので、眼鏡のイメージは凄まじいのだろう。あの日、着替えて眼鏡を外していてくれていてよかった。

「ひよ子、“恋人がいる”とは言え。せめてそっちは解決しておきたい」

「私もそれがいいと思うわ。主任には少し気の毒だけど、こればっかりはねぇ……」

 主任には気の毒だけど、とは? 主任だって、本当に好きな相手がいるのなら、私との噂もハッキリと否定してくれたらいいのに。噂が耳に入っているのかないのかわからないが、放っておく主任は全然気の毒じゃないと思う。

「わかりました……明日、口が軽そうな子に話しておきます……“超ラブラブなんだから”って」

 拳を握り、私は決意した。

「ぅ……っこんな時でもひよ子がかわいい……っ」
「確かに……今のはかわいいわね……」



 最終的に、記事やニュースが出て、実際にどのくらいの反響があるのかわからないという事で、私達は普段通りの生活を送ろうと決まった。

 次に会うのは金曜日、私のマンションにご招待だ。



 ──────


 しかし、記事が出るなりzuv.tecは大注目された。
 そもそもの手掛ける事業の規模やこれまでの功績が大きかった部分もあるが、そこに“大臣の息子”、“資産10億ドル以上(ビリオネア)”、“天才イケメン”と、盛りに盛ったようなキラくんが加わったのだ。

 私なんかより、キラくんのお父さんの方に影響があるのでは、と思ったが、別に悪い記事ではないからかそうでもないという。

 ウチの職場でも、“もしかして、ここに来ていた眼鏡イケメンじゃないか”との噂でもちきりだ。おかげで、私と主任の噂は一瞬でキラくんの噂にすり替わった。


「なぁ吉良、あの噂、本当のところ……」

「はい、私達の知ってるキラくんですよ」

「お前、知ってたのか? ……なら、お前の恋人ってまさか……」

 どうやら、すでに主任にも私の恋人の噂が耳に入っているらしい。

「はい、キラくんです。お父様の件は記事が出るとわかった少し前に知りました」

 人差し指を口元に近づけ、無言で秘密だと伝える。

「だ、大丈夫なのか? そんな……とんでもない男が恋人だなんて……」

 もしかしなくても、主任は心配してくれているのだろうか……私がキラくんと違ってダサいから。

「不思議と……気にならないんです。キラくんが今のキラくんになる前から、私のキラくんでいてくれたので……ははっ───私、上司に何を言ってるんですかね、すみません。イタい女ですね、忘れてください」

「あ……いや……」

 主任はそれ以上何も言わなかった。


 しかし……私がこんな風に落ち着いていられたのは数日の事だった。


 “夢のようなシンデレラガールが実在! 父親が遺した借金二千万円を、今話題の資産10億ドル以上(ビリオネア)が一括返済!! 仲睦まじい様子の二人を激写───”

 週が開け、そんな内容のネットニュースが出た。

 ニワトリとタマゴがいるので、土曜日の午後には私のマンションを出て、キラくんのマンションに向う移動の様子を、まるでずっと張り込んでいたかのように写真を撮られていたのだ。
 私の目元には線が入っていたが、知り合いが見れば、私だとわかるような鮮明な写真だった。
 ネットニュースなので、写真は好きに拡大して見ることが出来る。
 スクショした画像とともに、“これって吉良さんだよね? ”などというメッセージが知り合いから沢山送られてきたが一切返信していない。

 私は職場で腫れ物のように扱われ、ヒソヒソと噂する声は聞こえたが、誰も直接その件について聞いては来なかった。
 まぁ、おかげで仕事が捗ったとプラスに考える事にしたが、やはり職場の雰囲気を悪くしていると言われかねないため、翌日から有給をもらうことにした……

 その旨をキラくんにも報告すると、彼はキャップにサングラスをつけて、見たことがない違う車で迎えに来てくれた。

 私のマンションにも記者がいるかもしれないから、一人にするのは心配だと言うので、しばらくはキラくんのマンションで一緒に過ごす事にした。

「ごめんな、ひよ子……」

「私は別に大丈夫ですよ。それよりキラくん、芸能人みたいですね」

 なんて……笑ってみせる。

「ひよ子、無理して笑わなくていい。まさか借金の事まで書くなんて……今、相馬に名誉毀損で訴える準備をさせてるからな!」

「訴えるなんて! 記事を削除させてくれただけで十分ですよ」

「いや、絶対に俺が許さない───リークした奴も、勝手に好きに引っ掻き回してる奴らも……地獄に落としてやる」

 彼の目の奥に仄暗い何かが見えた気がした。

「キラくん、何もそこまで……」

「そこまでなんかじゃない、ひよ子はこれまでの人生、品行方正に生きてきて、何も悪い事をしていないのに、こんな風に面白おかしく書かれていいわけない」

 キラくんは自分の事のように怒り、悔しそうにし、私を抱き締めてくれた。

「……キラくん、ありがとうございます……大好きです」

(にゃぁ~お)
(にゃぁ~ご)

 ニワトリとタマゴも私にすり寄って、慰めてくれているようだった。

 ───……大丈夫、私にはこの人がついていてくれる。


 
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