キラくんの愛は、とどまることを知らない

 有給二日目、一体キラくんは何をしたのか、ネットニュースにzuv.tecとキラくんに対しての謝罪文のようなものが掲載された。ネットニュースなんて、削除されて終わりだと思っていたのだが……謝罪文なんて初めて見た……

「……何をしたら、こんな派手に謝罪されるのでしょうか……」

「自分達が犯した罪を認識させたんだ。そこの会社は二度とzuv.tec(ウチ)に関係する一切の記事を書けないし扱えない契約を締結させた。破ったら違約金として一億だ」

 と、悪い顔をして言った。法的措置に出るとは言っていたが、絶対に脅したんだな……
 
「それからひよ子の職場の方だけど……きっと明日には大丈夫になると思うから」

「え? 明日、ですか?」

 今日の明日で、そんなにすぐに大丈夫になるのだろうか……

「ああ、これから冬亜がネットで会見を開く」

「会見?」

 ……何の?

「おいで、一緒に見よう。画面の向こうはアイツのひとり劇場だ」

 そうか、白森さんはそういうのが得意な人だった。


 そして、夜八時……その会見は始まった。

 画面に映る白森さんは、ビシッと決まっていて、とてもかっこよかった。
 ネットのコメント欄を見ると、“zuv.tecの代表イケメンすぎ”、“代表イケメンでびっくり”と、すでにざわついている。

「白森さん、今日は一段と素敵ですね」

「……」

 あ、キラくんがブスッとしてしまった。

「キラくんの方が素敵ですけど」

 あ、もう機嫌が直った。可愛い……

 そんな事でホッコリしたのも束の間……白森さんの会見の内容は、とんでもないものだった。

「───ちょっと! これ、まさかっ」

「~♪」

 キラくんは満足気な様子だか、私からしたらとんでもない。
 
 ───……こんな……こんなのが世界中に配信されているなんて……恥ずかしい!!


 白森さんが語りだしたのは、私とキラくんの出会いから、今に至るまでを、まるでロマンス小説のように脚色した内容の話しだった。

 よりにもよって、私の“億万長者と結婚する”発言はそのまま使われているではないか……

 最終的に白森さんは、親友の20年来の初恋がついに実った、と涙を浮かべ、騒がず静かに見守ってあげてほしい、と締めくくった。

「あいつ、涙を自由自在に出せるんだ。社長なんかより、俳優とかそっちの才能があるよな」

 キラくんは呑気に笑っている。
 こんな話しをされて、どうして私が明日から職場で大丈夫になるのか理解できない。

 しかし……キラくんの言うとおり、コメント欄は凄い事になっていた。

 “社長、自分、静かに見守ります”
 “今日から壁になります”
 “20年って凄すぎ、一途すぎ、素敵すぎ”
 “感動した”
 “そもそも二人とも一般人なのに騒ぎすぎ”
 “初恋とか暴露されてある意味可哀想”
 “より興味がわいてしまった”
 “後日譚求む”
 “結婚式配信して”
 “キラ様、イヤァー”

 ……等と続く中……

 “渦中の女性の方と同じ職場の者です。彼女は勤務態度も真面目で仕事も丁寧でいい子です。派手さはないですが、とても可愛い子です”
 
 “私も同じ職場の同期です。職業柄、化粧や髪型、服装はあまり派手には出来ません。でも彼女は素材の良さが際立つ嫌味のない可愛い子です。お金持ちだから付き合ってるとかじゃ、絶対にないと思う”

 “彼女ならビリオネアの嫁でも許せる、それくらいいい子”


「えっ……何このコメント……」

「辺見経由で、会見の事を主任に伝えてもらったんだ。この様子だとそれとなく広めてくれたらしいな。いい奴だ」

「……主任が?」

 確かに、会見があるなんて知らなければ、よほど興味がある人以外は見ているはずがない。私の職場にそんなに熱心な人がいるとも思えないのはたしかだ……

 “自分、こんな相手がいるとは知らずに入社からずっと彼女に片思いしてました”
 という、絶対に嘘っぽいコメントには……

 “どんまい”
 “諦めろ、億万長者には敵わないぞ”の他、
 “もしかして主任ですか”
 ……などと、恐ろしいコメントがなされていた。

 ───……どうか、主任が見てませんように……

「アンチコメントはAIに自動削除されるか、投稿出来なくしてあるから、安心して読んでいいからな」

 と、隣から初めてプログラマーらしいひと言が聞こえてきた。




 ───翌日……

 なんとなく気まずかったので、私は有給を取った。

 しかし、昼休みに主任から、もう大丈夫だからいつでも復帰しろ、と連絡がきた。
 詳しくは聞けなかったが、どうやら大丈夫らしい。
 
 
「キラくん、健二さん、私、明日から仕事に行きます」

「あら、大丈夫なの? なら、張り切ってお弁当作るわね。あ……ひよ子ちゃんの分だけ」

 主任には申し訳ないが、そうしてもらおう。

「はい、主任からもう大丈夫だと連絡を頂きました」

「……明日は、絶対俺が送るから」

「えっ、目立ったら嫌なので電車で行きますよ!」

 渦中のキラくんに送られて出社するなんて、なんて神経の図太い女だと思われてしまうかもしれない。全員が私達にいい印象を持っているわけがないのだから……

「駄目だ、可愛いひよ子が連れ去られるかもしれない」

「大丈夫ですってば、私なんてただの一般人なんですから。顔だって全部は出てないですし」

 なんとか言いくるめ、翌朝私は健二さんのお弁当を持ってキラくんのマンションを出て職場に向かった。



 ───はずだったのだが……


「主任、すみません……私、誘拐されたみたいで……今日もお休みさせてください」

『は!? おい、吉良どういう───プツッ……』


 ───と、馬鹿げた理由で再び有給を取る羽目になった。

 
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