キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
ネットの記事が出た翌日、自分がいると職場の雰囲気を悪くしてしまうようだから、しばらく有給を取った、と夕方俺に連絡してきたひよ子。
有給なんてほとんど取らなかったはずのひよ子が、そんな判断をするなんて、今日は職場でよほどつらい思いをしたに違いない。
そう考えたらいてもたってもいられず、気付けばキャップをかぶり車を替えて迎えに走っていた。
疲れた様子のひよ子が平気なフリをして無理に笑う度に、胸がえぐられるように痛んだ。
よほど疲れていたのか、ひよ子は話しを終えて風呂に入ると、すぐにリビングのソファで眠ってしまった。
そんなひよ子を二人のベッドに運び、ニワトリとタマゴのもふもふチームに彼女を任せる。
俺は冬亜と相馬、ついでに健二をマンションに呼び、ひよ子が眠る寝室から、一番遠い俺の仕事部屋で、作戦会議を開いた。
「冬亜、お前のせいだ。責任をとれ」
「俺かよっ! 気をつけろって言ったのに普通に撮られた自分のせいだろ」
「こらこら、喧嘩しなさんな! ───ひよ子ちゃん、どんな?」
「……明日から有給とったって。だからここに連れてきた。よっぽど神経使って疲れたのか、もう寝たよ」
「(小声)連れてきたのかよ……」
冬亜め、ぶん殴ってやりたいな。
「つまり、ひよ子ちゃんの職場の人にはバレちゃってるって事よね。私も心配で主任に聞いてみたんだけど、今日はヒソヒソ噂されながら、腫れ物扱いだったって……助けようにも、主任は自分が加わったらまたおかしな事になるからって我慢したみたい……」
うぅ……可哀想なひよ子……
それにしても、主任もなかなか空気が読める男だな。さすが俺が要警戒人物に指定した男だ……
「エスカレートすると思いますよ……」
相馬が眼鏡をクイッとあげて言った。
「借金苦の女性がイケメンの富豪に助けられる、なんてシンデレラストーリーはみんな大好物な半面、妬みの的にもなりますからね」
大好物? 何故お前がそんな事を知ってるんだ相馬よ。
「萎えるようなネタぶっこむしかないか?」
失礼な、俺とひよ子に萎えるネタなんて……
「萎えるようなネタより、ネットの民を味方につけるようなネタなんてどう?」
ネットの民なんて、他人の不幸話しが大好物なんじゃないのか? 人間そんなもんだろ。
「稀羅くんとひよ子ちゃんの真実の純愛をアピールするの! 金持ちとの恋愛が始まったシンデレラガールじゃなくて、“子供の頃の約束を守って億万長者になった男が、ようやく実らせた初恋の物語”にすり替えるのよ」
「……悪くない」
なかなかいい案だぞ、健二。
「でしょ? それなら、ひよ子ちゃんが借金を苦に金持ちに飛びついたってイメージはなくなるし、稀羅くんも努力して億万長者になった感がでて好感がもてるわ」
「……どうやってアピールするんだよ。絵本でも出版するのか?」
「そんなちんたらしてる暇はない。すぐ解決させたい───簡単な方法があるだろ? なぁ冬亜」
俺は冬亜を見た。
「……まさか……」
察しのいい冬亜は俺が言わんとしている事がわかったようだ。
「そのまさか、だ。やれ」
「ふざけるなよ……俺にお前達の恋物語を読み聞かせしろってか?! んなバカバカしい事出来るか!」
バカバカしいだと? 失礼な……こちとらひよ子とのエピソードを売るっていうのに……
「得意だろ? いつだったかひよ子にしたみたいに、情に訴えかけるような口調と言葉で、翻弄してみろよ。会社の宣伝のために俺を売ったんだから、それくらいしたって当然だと思うけどな!」
実は、こうして会見が開かれる運びとなったのだ。
───と、言う訳で……
数日ずっとマンションにいてくれたひよ子が仕事に復帰するのは少し寂しいが、今朝は自然な笑顔で笑う彼女をマンションの下のエントランスまで見送った、のだが……
「稀羅くん大変っ! 主任から電話っアンタが繋がらないって私にきたわっ!」
キッチンから健二が慌てた様子で俺の仕事部屋に飛び込んできた。
主任に渡した名刺は仕事用の番号が書かれたものだったから、今は電源を切っていたんだった。
ひよ子が誘拐されたと、職場に連絡をいれたらしい。誘拐されたのに、連絡出来るってどういうことか……嫌な予感がする。
俺は例のアプリでひよ子の位置情報とカメラを起動させて音声を拾う。
そこから聞こえてきたのは───……
「……あんのクソ女、懲りずにまたやりやがった」
「えっまさか、誘拐したのは美九里ちゃんなの?!」
どうやらひよ子は、無理矢理あのクソ女に付き合わされているらしい。
誘拐、と言ったのは、休みを取る理由として、自分の意思ではなく連れて行かれた、と言いたかったのだろう。真面目なひよ子らしい。
「健二、あのデブスにお仕置きだ。一緒に来てくれ」
「まかせてっ」
どうやらひよ子は、あのクソ女の自宅に連れて行かれたようだ。防衛大臣も住むあの家に誘拐だなんて、馬鹿だとしか言えない。