キラくんの愛は、とどまることを知らない

012

 
「あなた、あんな会見開いてもらったからって、いい気にならない方がいいわよ?」
 
「……」
 
 私は今、ファンシーな部屋にいる。



 
 ───さかのぼる事、一時間前……
 
 キラくんのマンションを出たら、見覚えのある男性から話しかけられた。
 
「美九里お嬢様がお話があるそうです、私についてきてください」
 
「私、これから仕事なんですが」
 
 平日の忙しい出勤時間に何を馬鹿な事を言っているのかと頭に来た。こちらはこの数日、そのお嬢様のせいで、大変だったというのに。
 
「では、車の中で職場にご連絡を。お休みを取られたほうがいいかと」
 
 まさか、お話(・・)に昼まで挟む気だろうか。
 大臣の娘が監禁……なんて不祥事起こすわけはないだろうし。
 
 こんな往来でこの人と揉めても目立つだけだ。私は仕方なく車に乗り、職場ではなくあえて主任の仕事用の携帯に連絡した。
 主任ならすぐに健二さんやキラくんに伝えてくれるだろう。
 
 
 到着した先は、とんでもない大豪邸だった。
 
「……まさか、大臣邸ですか?」
 
「お答えしかねます」
 
 うん、絶対そうだな。
 
 そして通された先は、ピンクとフリフリとレースがコンセプトかと思えるような、私とは趣味の合わない部屋だった。
 
「来たわね“ひよ子”!」
 
「……誘拐されたんです」
 
 目の前に座る、体重120キロはあろうかという巨体の女性は、いつぞやにみた美九里さんで間違いない。
 
「ゆ、誘拐なんかしていないわ! 失礼ねっ───そんな事よりあなた、あんな会見開いてもらったからって、いい気にならない方がいいわよ?」
 
「……」
 
 そんな事より? しがない準公務員の通勤出勤を邪魔して、そんな事?
 
「そちらこそ、そんな事(・・・・)を言うために、私に有給を使わせたんですか?」
 
「なんですって? 有給?」
 
「私は今回、あなたのした様々な事のせいで、合計で五日も有給を取る羽目になりました。五日です、五日! 40日あったのに、35日になったじゃないですか」
 
「お黙りなさい! わけのわからない話しをしないで!」
 
 ……わけのわからない話じゃないと思うんだけど。さてはこの人……
 
「まさか、あなた、お仕事をされていないんですか? 有給を知らない?」
 
 キラくんと同級生なのに、ニートだなんて……大臣の娘がニートだなんて世も末……
 
「うるさいわね! 私は働く必要がないだけよ!」
 
 働けない、の間違いではないだろうか。少しダイエットをしなければ、デスクワークの場合は一般的な規格のデスクに脚が収まらないような気がする。
 
「話をそらさないで! あなた、これからどうなさるおつもり? いつキラ様と別れてくれるのかしら」
 
「……別れるって……私たち、付き合ったばかりなのですが……」
 
「おだまりっ! 私もいい年なの、はやくウエディングドレスを着たいわけ」
 
「……」
 
 そのサイズでは当然オーダーメイドだろうから、作るのにも時間がかかりそうですしね……お金持ちって……
 
「キラくんは、結婚すると言ってるんですか? あなた一人の願望ではなくて?」
 
「当然でしょ、私たち幼稚園の時から一緒なんですもの」
 
 ここまでくると、本当に、妄想型のストーカーに思えてきてしまう。
 
「そうですか、私もキラくんが幼稚園の時にプロポーズされたんです。あなたもされましたか? 二股だったんですかね?」
 
「プ、プロ、プロポーズですって?! そんなもの、子供の戯言でしょ!」
 
 戯言だと思って忘れていたんですけど、キラくんは違ったみたいなんです。そのおかげで今があるんですけどね。
 
「……美九里さん、でしたっけ? 政宗さんも……こんなことをして、私にどうしろとおっしゃるのですか?」
 
 埒が明かないので、さっさと本題に入ってもらおう。
 
「どうしろもこうしろも、あなたさえいなければキラ様は私との結婚を進めてくださるの! つまり、あなたがいなくなってくれればいいの」
 
「いなくなるって? 具体的には? 私には仕事も賃貸マンションもあります。お金はありません」
 
 それに、キラくんの事だから、どこまでも私を追いかけてきてくれそうだ。いなくなりたくても、なれない気がする。
 
「もう! ああいえばこういう子ね! っ政宗!」
 
「はい、お嬢様」
 
 政宗さんは、アタッシュケースを私の前に置いて開いた。中にはびっしり詰まった札束が……
 
「五千万あるわ。それでキラ様に払わせた二千万を返して、残りをもって消えて頂戴。あなたのような元貧乏人なら、それだけあればしばらくは働かなくても生きて行けるでしょう?」
 
「……三千万……私、まだ25歳ですよ? 全然足りませんけど」
 
 退職後の老後に一体いくらかかると思っているのか。働かずに生きていけるわけないだろ。年金だって払っていかなくちゃいけないのに。大体、この五千万円の税金はどうなるの? 私が所得として支払わなくてはならないのだろうか。
 
「なっ! 生意気ね! いくら必要なの!?」
 
「えっと……何歳まで面倒見てくれるつもりですか? 私、iDeCoもNISAもやってるんで、積み立てが滞るのは困るんですよね……」
 
 せっかく始めたのに……モチベーションが下がってしまう。
 
「むきーっ!! なんなのこの子! 宇宙人としゃべってる気分だわ! 政宗! 後はあんたが話して頂戴っ」
 
 うわっ放棄した。
 
「吉良さん……」
 
「その女をその名前で呼ばないで! なんだか頭に来るわ!」
 
「承知いたしました。ではひよ子さん……」
 
 この人も大変だな、と思ったその時だった。
 
 
「───お前ごときがひよ子を名前で呼んでいいと思ってんのか」
 
「キラくんっ! 健二さんも!」
 
 助けに来てくれた。あ、嫌……別に危険な目には合ってないのだけど……
 
「キラ様っ! 私に会いに来てくださったのですね!?」
 
 なんておめでたい頭をしているのだろうか……さすがの私も、ちょっとびっくりしてしまう。
 
「ひよ子ちゃん、災難だったわね。もう大丈夫よ」
 
「来てくれてありがとうございます。主任が伝えてくれたんですか?」
 
「ええ、そうよ」
 
 やっぱり主任に連絡して正解だった。今なら一、二時間の遅刻で済むかもしれない。
 
「おい政宗、警察に行く準備はできてるか?」
 
「私は彼女にお願いして、お越しいただいただけです」
 
「そうか、でもひよ子は職場に“誘拐された”と言って連絡してるんだ。つまり、誘拐だ」
 
 あ……そんな大事になっているのか。言葉って難しい……
 
「キラ様? どうしていつも政宗にばかり話しかけるのです? どうぞ美久里とお呼びください。あなた様の妻になるのですから」
 
「……おい政宗! なんか言ってるけど、どういう教育してんだ。妄想もたいがいにしろ。こんな誘拐までして、さすがにもう見逃してやれないからな」
 
 それは私も思っていた。キラくんは絶対に美久里さんの名前を口にしようとしないし、直接会話をしようとしていない気がする。目も合わせていないのでは……
 
 と、ここで意外な人物が声を荒げた。
  
「……稀羅、お前が悪いんだぞ! いつまでもお嬢様を無視していないで、ハッキリと結婚はしないと振って差し上げればいいだろ!」
 
 ───……え、そっち?
 
 
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