キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
「ひ、ひよ子?!」
土曜日、いつものように別々に風呂に入っていたら、突然ひよ子が現れた。
のぼせて幻覚でも見ているのかと思ったが、手を伸ばし触れてみれば、本物ではないか……
「きょ、今日はキラくんと一緒に入るって決めてたの!」
最近は、敬語も取れてきてますます距離が近く感じて嬉しく思っていたが、こんなにも一気にゼロ距離でこられると……さすがの俺も理性を試されているように思う。
「……そ、そうだったのか、嬉しい。初めてこのマンションに来た日以来だな」
「背中流せ、とか意味わかんない事言ってた日ね」
「あの時はすぐにでもひよ子を俺のモノにしたくて……距離を詰めすぎたんだ」
……黒歴史だな。
「いきなりスッポンポンになるから、目のやり場に困ったんだからねっ」
「……あ、ごめん───俺、男の中だけで生きてきたからか、恥ずかしいとかって感情があんまりないんだよ、気をつける」
ひよ子は今日もタオルを巻いて身体を隠しているが、俺はひとりのつもりだったから、そのままだ。
「そうだったんだ……てっきり、360°どこから見られても、自信があるからだと思ってた」
「それはな───いや、言われてみれば……っなんてな、ただのナルシストだよそれじゃ」
「ふふっ」
こんなくだらない冗談も、二人で笑いあえるこの時間は本当に大切に思える。
夜の空は本当に静かで、まるで世界に俺達二人しかいないんじゃないかと錯覚してしまう。
「ひよ子さん、今はあの時と違って恋人同士だから、こうして堂々とくっついてもいいのか?」
俺はひよ子の様子を伺いながら、彼女の身体をすっぽりと自分の脚の間に抱き寄せた。
───……あ、ヤバい……勃っ……
「ねぇ、キラくん……私……いいよ?」
───……え? 何が?! ナニがいいの、ひよ子っ!?
「初めてだから、上手に出来ないと思うけど……それでもよければ……」
───……待て待て待て、今、何が起きてる? まさか、ひよ子が俺を誘ってくれてるのか?! 昨日、ヒカリちゃんと何があったんだ! なんだか知らんが、ありがとうヒカリちゃん!
「……ひよ子は上手にできないほうが俺は嬉しい。逆に俺は上手にできるように頑張るから」
汗かお湯かはわからないが、しっとりと濡れて艶っぽいひよ子の華奢なうなじにキスをする。
「……うん(ブクブクブク……)」
自分から切り出してはみたものの、恥ずかしいのだろう。沈んで行くひよ子。可愛い……
「少し触ってもいい?」
「……(コクリ)」
吸い付くような彼女の肌に、手のひらをゆっくりとすべらせていく。
首から肩、二の腕、肘へと進んでいき……そして手の甲へ。行き着く先の彼女の細い指の間に自分のゴツゴツとした指を絡め、ぎゅっと握る。
「ひよ子の肌、しっとりもちもちで気持ちいい」
「……っ口に出して言わないでっ」
照れているひよ子がたまらなく可愛い。もっと照れさせたい……
来た道を戻るようにして、俺は自分の手を彼女の二の腕まで滑らせ、ゆっくりと胸元に触れていく。片手ではおさまりきらない、柔らかな二つの膨らみを覆った。
「……っ」
ひよ子がわずかに反応を見せる。
「柔らかい……」
俺は感じたことのない至福の触り心地に感動し、ひよ子のうなじにキスをする。
しかし……
「……え?」
「ん?」
ひよ子が驚いたような声を上げた。
「キ、キラくん! 鼻血! だ、大丈夫っ!? のぼせたんじゃないっ!?」
「……」
……情けなくも俺は、ひよ子の胸を触っただけで鼻血を出した。
心配したひよ子は、その日はもう過剰な触れ合いを許してはくれず、俺達はまたもや猫達と共に健全な日曜日の朝を迎える……
だが、今日は日曜日だ。目が覚めてみれば、時刻はまだ四時半。時間はたっぷりある。
俺は昨夜のリベンジを果たすべく、隣で可愛い寝顔を見せているひよ子の頬に触れた。
そして彼女の耳元で……
「ひよ子、おはよう───昨日の続きをしようか」
と、囁いた。
しかしひよ子の反応は───……
「ん゛……っ」
バシッ!
眉間を寄せ、まるで虫でも追い払うように俺の顔面を叩いた……
「───っ…………はぁ……もう少し寝るか……」
どこまでも格好がつかない俺は、泣く泣く枕に突っ伏して二度寝した。
しかし次に目覚めると、目の前には天使とデブ猫がいた。
「おはよう、キラくん。今日は私が先に起きたから、寝顔見てた───へへっ」
(にゃぁ~ん)
(にゃぁ~ご)
「……っひよ子!」
「っぎゃ!」
俺は天使を捕まえ、思いっきり抱きしめる。
「ひよ子、やっと色々落ち着いたし、朝めしはあのおにぎりカフェに寄って、親父さんにお付き合い開始の報告に行かないか?」
「……え───っうん! 行くっ」
嬉しそうな笑顔を見せたひよ子は、準備してくるっ、と言って寝室を出ていった。
「はぁ~……可愛い、どうしてあんなに可愛いんだひよ子……」
俺の呟きは、二匹のデブ猫にだけ届いていた。
先日、酒好きが集う有名店のマスターに『ここにある中で一番美味くていい酒をくれ』と言って購入した高級酒を、ひよ子の親父さんの墓石にかけてやるつもりでいた。
しかし、夏のこの時期は悪臭の原因になるから、と墓地の管理人から注意を受け、仕方なく管理人から借りたグラスに注いでお供えすることに。
マナーはきちんと守らないとな。
二人で墓石の前で交際に至るまでの経緯やその後の話をしながらああでもない、こうでもない、と親父さんと三人で会話するかのように盛り上がっていると……
「……あ、あのっ」
俺の母親くらいの年齢の女性と、ひよ子より若い女の子が墓参りの装備で立っており、俺達に声をかけてきた。
「はい? あ、邪魔ですか?」
俺達の奥の墓に参りに来たのかと思い、俺はひよ子の身体を抱き寄せ、通れるように端に寄ったのだが……
「……ひよ子? ひよ子でしょう? 大きくなったわね……」
───まさかのひよ子を捨てた母親と、その妹だった。