キラくんの愛は、とどまることを知らない

014

 
「……お母さん」
 
 歳を重ねてはいるが、見覚えのあるその女性は、私を……私だけを捨てた母親だった。
 
「えっ、これが私のお姉ちゃんなの? 彼氏めっちゃイケメンじゃん……」
 
 母親の隣にいるのは、最後に見た時はまだ三歳くらいだった妹のつぐみ(・・・)だろう。
 
「美智子さんから伺ったの……あの人が亡くなったって……一人で大変だったわね、ごめんね、ありがとう」
 
 一体、何に対する“ごめんね”で、何に対する“ありがとう”なのか……予期せぬ突然の再開に、頭が追い付かない。色んな感情が混ざってぐちゃぐちゃだ。
 
「っ……」
 
 言葉に詰まる私に、キラくんが代わりに会話を続けてくれた。
 
「俺達はもう十分参りましたので、もう行きますね。ごゆっくりどうぞ」
 
 いつの間に、広げていたお供え物なんかを片付けてくれていたのか、彼は私の身体を支えるようにして二人に父の墓の前を譲った。
 
「ひよ子、また来ような」
 
「……うん」
 
 安心感のある大きな手のひらに支えられ、母たちを背にして歩き出したのだが……
 
「ひよ子っ! ……今度、ゆっくり話しましょう、ね? 連絡先、教えてくれない?」
  
「……」
 
 私は何も答えることができないまま、会釈だけしてその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 車に戻ると、キラくんが手を握って頭を撫でてくれた。
 
「大丈夫か? 偶然ってあるんだな」
 
「……さっきはありがとう……頭が真っ白になっちゃって……」
 
 今は少し落ち着いてきた。二人に出くわしたのがキラくんが一緒にいてくれる時で本当に良かった。
 
「連絡先、教えなくて良かったのか? 俺、戻って渡してこようか?」
 
「……ううん、いい。この先もあの二人と関わるつもりはないから……」
 
 そう、関わるつもりはない。二人が今どこでどんな暮らしをしているかなんて興味はない。
 
「ひよ子がそう言うなら、俺もそれでいいと思う。よしっ! 気晴らしにどっか行くか!」
 
「うんっ!」
 
 
 
 ──────
 
 

(sideつぐみ(ひよ子の妹))
 
「ねぇ、ママ、本当にさっきの人が私のお姉ちゃんなの?」
 
「そうよ、あなたより五つ上だから、25歳になったのかしら……あんなに綺麗になって……」
 
「そう? 私の方が可愛くない?」
 
 死んだ父親のもとに置いてきたという姉の話は聞いたことがあった。
 まさか、こんな場所で会う事になるとは思わなかったが、隣にいた恋人はものすごく格好良かったし、駐車場にあったあの高級車はきっとあの彼のものだろう。
 
「この死んだ私の父親って、遺産とかなかったの?」
 
「……遺産どころか、借金だらけだったはずよ……あの子、あの借金をどうしたのかしら……一人で返していけるわけもないし……」
 
「げっ! そうなの? ママ、離婚して正解だったね」
 
 私は自分にもその借金の相続権があるなんてこれっぽっちも知らないまま、父親の墓石の前でそんなことを言っていた。
 
「でも、あんなカッコいい彼氏がいて超羨ましいんだけど。私の方が可愛いし若いんだから、乗り換えてくれないかなぁ?」
 
 絶対にお姉ちゃんにはもったいないと思う。せっかく母が歩み寄ったのに、あの人、連絡先も教えて行かなかったし。なんか感じ悪ぅ。
 
「何を馬鹿なこと言ってるの、あの子がやっと見つけた幸せを壊すようなことしないの」
 
「はいは~い。ねぇ、もう行こうよ、暑いんだけど」
 
「もう、わがままね。ママは管理人さんと話があるから、先に車に戻ってていいわ」
 
 顔も覚えていない父親の墓参りなんて本当は来たくなかった。私のパパ(・・)は今のパパだけだ。
 
 母親から車のカギを預かり、駐車場へ行くと、あの高級車がまだあった。車内にはやっぱりさっきの二人が乗っている。
 
「やっぱめっちゃいい車~かっこいい~いいなぁ~」
 
 深刻そうな顔をして話をしているようだったが、イケメン彼氏が姉を抱きしめると姉は笑顔になり、高級車はそのまま出て行ってしまう。
 
「……なんか、むかつく。借金まみれのくせに」
 
 
 
 
 その後、スマホをいじっていた私は偶然開いた画面を見て驚きのあまり声を上げた。
 
「うっそ! うそでしょ?! っママ! 見て見てコレ! この人、お姉ちゃんの彼氏じゃない?! めっちゃすごい人だよ!?」
 
 大臣の息子で、有名な会社の偉い人で、大金持ちと書いてある写真付きのその記事を母に見せた。
 
「あら、本当ね……似てる気がするけど……まさか、こんなすごい人なわけないわよ」
 
「絶対そうだって! ヤバくない?! もっと愛想良くして仲良くなっとけばよかったぁ! ねぇママ、いつお姉ちゃんに会いに行くの? つぐみも一緒に行く! ってか、お姉ちゃんの連絡先、墓地の管理人さんから聞いたんでしょ? 私にも教えて!」
 
 
 退屈な大学生活の夏休みが、楽しくなりそうな予感がしてきた。
 
 
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