キラくんの愛は、とどまることを知らない

side キラ

 


 
「ひよ子から連絡がこない……」
 
「え? 珍しいわね、もう寝たんじゃない?」
 
 まだ九時だぞ。俺の統計によればひよ子が月曜日の九時に寝た記録は未だかつてほとんどない。
 
 健二の店にいた俺は、なんとなくソワソワしたため、例のアプリを起動し、ひよ子の位置情報だけ確認する。
 
「……マンションにはいるみたいだな……本当に寝たのか」
 
「やだちょっと、またそんなストーカーみたいなことして!」
 
 健二の言葉に、カメラを起動するのは流石にプライバシーの侵害である為やめておいた。
 
 翌朝、ひよ子から電話がありホッとするも、どこか元気がない気がする。何かあったのだろうか……
 やっぱり離れていると、顔が見れず心配がつきない。
 
 
 
 
 しかしその夜……
 
「ひよ子のスマホが消えた!」
 
「え? どういう意味?」
 
 その日も健二の店にいた俺。
 仕事は終わっているはずなのにひよ子から連絡がこない為、また位置情報だけ確認しようとしたのだが……
 
 ひよ子のスマホにいれておいた秘密のアプリがエラーになっている。
 
「どういう事? 連絡が取れないの?」
 
「あ……いや、確かに昼休みから連絡は着てないけど……」
 
 まさか秘密のアプリがバレたか? いや、バレるわけない。あれを見破れるとしたら、相当な手練れだ。
 俺の知るところでは、ひよ子の身近にそんな奴はいない。
 
「ちょっと俺……行ってくる」
 
 電話すれば済む話だったが、なんとなく胸騒ぎがしたため俺はひよ子のマンションに車を走らせた。
 
 
「……いない、のか?」
 
 ひよ子がインターフォンに出ない。時刻はすでに九時を過ぎている。
 
 帰って来ているかだけでもコンシェルジュに聞いたが、流石に教えてはくれなかった。まぁ、これで教えるようなコンシェルジュはクビだが。
 
 エントランスでそわそわしながら待っていると、コンビニの袋を手にしてアイスを頬張るひよ子の姿が外に見えた。
 
「ひよ子っ!」
 
「っ?! え、キラくん?! どうしたの? なんでいるの?」
 
 突然の俺の登場に驚いているようだったが、流石に今回は肝が冷えた。
 
「こんな時間にどこ行ってたんだよ」
 
 いや、ひよ子の姿を見れば聞かなくてもわかるが、一応聞く。
 
「どこって……アイスが食べたくてコンビニに……」
 
「危ないだろ……電話にも出ないし……」
 
 ……あれ、俺、電話したっけ?
 
「え、電話なんかくれた? ごめん、気がつかなかったかも」
 
 ポケットをごそごそし、スマホを取り出したひよ子の手元を見れば、スマホが変わっていた。
 
「あれ……?」
 
「あ、見て見て新しいのにしたの」
 
 笑顔で俺に新しいスマホを自慢するひよ子は可愛いが、なるほど、謎が解けた。そういう事だったのか……
 
 俺はふぅ~っと大きく息を吐いた。
 
「上がってく?」
 
「うん」
 
 
 
 久しぶりのひよ子の部屋。ひよ子の匂いでいっぱいで幸せな気分になる。
 
「ところで、何か用だった?」
 
「あ、いや……今朝、電話の声がなんとなく変だったから……突然来てごめん」
 
 アプリの反応が無くなったから焦って来たとはさすがに言えない。
 
 それにしても、どうしようか……もう一度アプリを入れなおす必要がある。
 
「ひよ子、新しいスマホ使いづらくないか? 設定してやるよ」
 
「本当?! 実は困ってたの、お願いっ! 電話帳だけは窓口のお姉さんが移してくれたんだけど……」
 
 あっさりと俺にスマホを渡し、ロックの番号まで教えてくれるひよ子。
 ひよ子が人を疑わない単純な子でよかった。
 大丈夫、俺が守るからそのままでいていいからな。
 
 サクッと秘密のアプリを入れ直し、さらには指紋認証に俺の指紋も登録しておく。 
 俺が悪い奴だったら大変だぞ、と思いながら、不要なアプリを消したり、再ダウンロードが必要なアプリを入れログインし直すなど、面倒な一切をしてあげた。
 
「そうだひよ子、前のスマホあるか?」
 
「え? どうして?」
 
 秘密のアプリの件もあるが、両方繋がっていれば何かと便利だろう。
 
「Wi-Fiにつなげば、タブレットみたいに使えるんだぞ」
 
「そうなの?! 便利だね、お願いっ」
 
 やはり疑いもせず、俺に古いスマホを渡してくれる。暗証番号も同じのようだ。
 
「……? ひよ子……なんだよ、この大量のブロック中の奴からの着信……誰だ?」
 
 古いスマホのロックを解除すると、着信履歴の画面が表示されていた。見れば、真っ赤なブロック中の文字でびっしりだ。
 
「あ……」
 
「まさか、これのせいで突然機種変更なんかしたのか?」
 
 機種変更したところで、番号が変わらなければ意味はないと思うんだが……
 
「それもあるけど、でももう大丈夫なの! 携帯ショップのお姉さんが、電話帳に登録してる人からしか電話がかかって来ないような設定にしてくれたから」
 
「……それ、年寄とか子供のやつじゃ……」
 
「うん、そうみたい」
 
 うっ……ひよ子がかわいい、可愛すぎて心配になる。
 
「誰だかわかってるのか?」
 
「……」
 
 ひよ子は気まずそうに俺から目をそらし、アイスを食べている。小動物みたいでとにかく可愛い。
 
「ひよ子? 俺には言えないような相手なのか?」
 
 まさかひよ子は、俺以外の誰かからもストーカー被害にあっているのか? いや、俺は別に今はもうストーカーではないが……
 
「……違う……妹……この前お墓で会った……」
 
「妹? ……ああ、いたな……」
 
 母親の隣にいたあれか……
 
「なんであの妹がこんなに鬼電してくるのかわかるか? しかも電話番号二つないか?」
 
「妹の番号をブロックしたら、すぐに違う番号からかかって来て、そっちはもう出ずにすぐブロックしたから、誰かはわからないけど、母親の番号かもしれない」
 
 その着信の間隔と回数は尋常じゃない。気持ち悪いレベルだ。
 
「妹、ヤバい奴だな……」
 
「うん、ちょっと非常識すぎるよね。一回だけ電話に出て、何の用か聞いたら、自分と母親にキラくんを紹介しろって……」
 
 なるほど、俺の記事でも見つけたのだろう。金目当てか知名度か、どちらにせよ、興味を持ったわけだ。
 
「そもそも、なんでひよ子の番号を知ってるんだ?」
 
「それがわかんないの。知ってるとしたら、お父さんの妹の美智子おばさんくらいなんだけど……美智子おばさんが勝手に教えるとも思えなくて……」
 
 美智子おばさんは俺も知っている。幼いひよ子を救ってくれた恩人だ。いつか俺もご挨拶に伺う予定でいたお方だ。
 
 いずれにせよ、ひよ子の番号が流出しているとすれば大問題である。
 
「ひよ子、番号変えるか? いや、この番号はこのままにしておいて、俺が仕事で使うよ」
 
「えっ……めんどくさい……あちこちに知らせなきゃでしょ? 誰に教えてあるかも覚えてないし……」
 
 そうか、そう来るか……マイペースなひよ子らしい返事だ。
 
「そうか、でも心配だから、またあっちから接触があればすぐに俺に話してくれ、いいな?」
 
「……うん、わかった」
 
 その日、俺はちゃっかりひよ子のマンションに泊まり、朝職場へ送ってから自分のマンションへ戻った。 
 
 この日は対面での会議があるため、出社する日だ。迎えに来た車に乗り込み、俺は相馬に言った。
 
「相馬、ひよ子の母親と妹のこと調べられるか?」
 
「……また何か問題ですか? すでに簡単にはわかってますよ、お父様の相続の件で調べましたから」
 
 さすがは相馬、出来る男だ。
 
「後で資料くれ」
 
 
 ───しかし、その必要はなかった。
 
 
 
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