キラくんの愛は、とどまることを知らない



 
「だぁ~かぁ~ら~! エグゼクティブアドバイザー? の人に会いたいんだってば!」
 
 久しぶりにzuv.tecのビルに入ると、なんだか受付が騒がしかった。
 
「ですから、お約束はございましたでしょうか? そのお方は基本的に、こちらにはいらっしゃいません」
 
「いないの?! なんで?!」
 
「お答えすることは出来ません」
 
 受付の女は、慣れたようにあしらっている。
 
 
「稀羅さんのあの記事が出て以降、時折あんな(やから)が来るようですね」
 
 相馬が眼鏡をくぃっと上げて言う。
 
「迷惑かけるな……受付の女の子にカフェカードでも配ってやれ」
 
「……わかりました」
 
 しかし、エレベーターに乗り扉が閉まる直前、とんでもない言葉が聞こえてきた。
 
「じゃぁさ、連絡してよ! 大事な恋人の妹が会いに来たって!」
 
「っ?!」
 
 俺はエレベーターの“開”を連打し、扉をこじ開け、騒いでる女の顔をよく見た。
 
 あの日、墓地で会った女だった。
 
「おいおい……今時の若者の行動力は恐ろしいな……」
 
「まさか、あれ……」
 
「そのまさかだよ、ひよ子の妹だ」
 
「……」
 
 相馬は目を細めた。
 
 
「お会いになるんですか?」
 
「……いいや、あの女は政宗のお嬢様並みにヤバい奴っぽいんだよ。何より、ひよ子があの母娘と関わりたくないと言ってるんだ。俺はひよ子抜きで個人的には絶対に会わない」
 
「そうですか、では会議に遅れますので行きましょう」
 
 相馬はエレベーターの“閉”を押す。
 しかし、俺はすかさず“開”を押した。
 
「待て待て待て! 受付の女の子が可哀想だから、相馬、お前が行ってこい」
 
「は? なぜ私が? 警備の者に行かせればいいでしょう」
 
「俺の秘書だと言って、ひよ子の連絡先をどこで知ったかだけ聞き出してきてくれ」
 
「……はぁ……なら稀羅さんは先に会議へ行ってください。代表に文句を言われるのは私なので」
 
「わかったわかった! 頼むぞ第一秘書! じゃぁねっ俺、会議行ってくるわ!」
 
 相馬をその場に残し、俺は“閉”を押して上へあがった。
 
 
 
 そして一時間後……
 
 
「相馬! 誰だかわかったか?! ひよ子の連絡先を流出させた馬鹿野郎は誰だった!?」
 
 会議が終わるなり俺は相馬を呼びつけた。
 
「……わかりましたよ。母親が墓地の管理人から聞いたそうです」
 
「墓地の……管理人、だと? ……勝手に教えてんじゃねぇ訴えるぞって脅しとけ! ったく! あの爺め」
 
 俺はその管理人の爺に、墓石に酒をかけるな、と怒鳴るように注意されたことを思い出す。
 
「稀羅さんの言っていたとおり、あの妹はだいぶわがまま娘のようですね。自分が一番かわいいと思っている分、美久里さんより質が悪いかもしれません」
 
 相馬の含みのある言い方に、ピンときた。
 
「ひよ子の悪口でも言ってたか?」
 
「……貴方が聞いていたら、テーブルを叩き割りかねなかったので、いなくて良かったです」
 
「なんて言ってたんだ? 言え、相馬」
 
「……」
 
「相馬!」
 
「……」
 
 口を閉ざす相馬にイラついていると、冬亜が話に入ってきた。
 
「おいおい、久しぶりに出社したと思ったら、何で相馬を虐めてるんだよ」
 
「相馬がお口にチャックしてるから、こじ開けようとしてただけだよ」
 
「ふーん……相馬、こいつが暴れそうになったら俺が押さえつけるから、話してやれよ。俺も興味ある」
 
 冬亜の言葉に、相馬は大きく息を吐き、観念したように口を開いた。
 
「……“ママはお姉ちゃんより私が可愛いから、お姉ちゃんを捨てただけなのに、なぜか私が恨まれて、ブロックされてるの”、“お姉ちゃんより私の方が若くてかわいいから、お姉ちゃんの彼氏も絶対に私を気に入ると思うんだっ”、“コレ、私の連絡先、お姉ちゃんの彼氏に渡しといてくれない? ”、“私、今夏休みだから、いつでも誘ってねって伝えて! ”……だそうです」
 
 相馬の淡々とした口調で、女子大生の言葉を口にしているのはとても不気味だったが、大体理解できた。
 
「……完全に舐められてるね、ひよ子ちゃん」
 
「舐めてるなんてもんじゃないだろ。完全に下に見て、馬鹿にしてる。あのクソガキ……」
 
 相馬の言う通りだ。俺の目の前で、あの妹が同じ言葉を言っていたら、テーブルを叩き割っていたかもしれない。
 
「母親はひよ子さんのお父さんと離婚して、わりとすぐに再婚してます。もしかすると、あの妹は再婚相手の子供かもしれませんね。ひよ子さんにはあまり似ていませんでした」
 
「お母さん、浮気してたってこと?」
 
「それはわかりませんが……再婚相手は、当時母親が勤めていたパート先の専務取締役で、現在の代表です」
 
「どこの会社だ?」
 
「それが……ストーリックスの河野代表です」
 
 その名前に、俺と冬亜は顔を見合わせた。
 
 ストーリックスとは、webデザインを手掛ける会社で、最近うちの会社でも話題に上がったばかりだ。悪い意味で。
 
 ようはパクリだ。
 
 うちの会社のwebチームが大変憤っており、訴えて欲しい、と声が上がっている。俺も見たが、コードまでまんま同じものを使用しているようだった。
 
「世間は狭いねぇ~、なぁ稀羅」
 
「ああ……世界はこんなにも広いのに、困ってしまうな、冬亜」
 
 つまり、ひよ子の妹は一応社長令嬢だったと言うわけだ。それならあの態度はあり得るかもしれない。
 
「webチームの憤りを晴らしてやろうか」
 
「そうだな」
 
 ストーリックスは、明らかな著作権違反に該当するようなものにまで手を出しているとのことで、かなりの数の証拠が、すでにwebチームから提出されている。
 
「ウチに喧嘩を売るような会社は経営者が無能だとしか言えないな」
 
「しょうがないだろ、パートの既婚者に手を出すような男が代表じゃ」
 
 せめて、娘二人くらいは面倒見てやれよ。なんで一人だけ……そうなるとやはり、不倫関係だったと疑わざるを得ない。
 
 DNA鑑定までしてもいいか、種が違うとしても、ひよ子の母親の娘であることは間違いないわけだから、そこまで掘り返す必要はないだろう。
 
 今回は、あくまでもわが社のwebチームのために弁護士の先生に動いてもらうだけだ。そう、それだけ。
 
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