キラくんの愛は、とどまることを知らない




「ひよ子、最近はどうだ? 変な電話は来ないか?」
 
「え? あ、うん、そういえばこないな」
 
 ひよ子を馬鹿にしていた妹の父親の会社は今、証拠隠滅と対応に大忙しだろう。
 うちのパクリで稼いだ分以上は賠償金として払ってもらう予定で弁護士には動いてもらっている。
 週刊誌とネットニュースにもパクリ疑惑と掲載させたし、信頼はガタ落ちだろう。
 
 まぁ、代表の嫁と妹がそんな事まで知らされるかはわからないが。娘の不始末は父親に取らせることにする。
 

「ひよ子、その……この数ヶ月、色々あったから疲れたよな?」

「そうだね、なんか私の人生で最も濃い数ヶ月だったかも……」

「……ひよ子の夏期休暇はいつからいつまでだ?」

「お父さんの初盆だから、お盆の週にまとめてとったよ」

 よし、思ったとおりだ。

「ひよ子、二人で旅行に行かないか?」

「旅行? うん! 行きたいっ! いつ行く? どこがいいかなぁ? 今から宿とか取れるのかなぁ?」

 なんだか計画から楽みにしていそうなひよ子には悪いが、実はもう手配してある。結構前から。

「ごめん、実は沖縄のつもりで全部手配してあるんだ……嫌か?」

「沖縄っ?! そんな激戦区、よくその時期に取れたね?! 嬉しい! ありがとうキラくん!」

 良かった、ぴょんぴょん喜ぶひよ子が可愛い。気が早いかと思ったが、手配しておいて良かった。

「そうか、良かった! ひよ子とダイビングしたいと思ってたんだ」

「ダイビング!? うわぁ~! 私、初めてっ楽しみっ!」

 大喜びのひよ子は、俺に抱きついてきた。こんなに喜んでくれるなら、毎月旅行を計画しよう。



 それからひよ子は、毎日、職場のカレンダーに旅行までのカウントダウンを落書きして、その写真を俺に送ってきた。
 なんて可愛い事をするのか、ひよ子は俺を悶え殺すつもりなのかもしれない。
 
 そして俺はこの旅行で必ずひよ子を抱く。
 絶対に抱くと決めている。なんなら、初日に抱いて、旅行中毎日抱くつもりだ。
 そのつもりで、宿もかなりいいヴィラを押さえてある。ひよ子に最高にロマンチックで素敵な初体験をさせてやるんだ。
 あの日、俺の鼻血で初体験が流れたのは、ある意味良かったかもしれない。

 
 ───こうして、誰にも邪魔される事なく、俺達は無事に沖縄へ飛んだ。 
 
「まずい……ひよ子の写真を撮りすぎて、すでにスマホのバッテリーがピンチだ」
 
「まだ空港だよ、キラくん……浮かれすぎじゃない? あ、モバイルバッテリーあるよ。はい」

 なんだ、この夫婦感! 旅行って素晴らしい!
 俺はとにかく浮かれていた。だって、この五日間は俺がひよ子を独り占め出来るんだからな。

「ひよ子が可愛すぎるのが悪い」

 空港とひよ子、ラウンジとひよ子、飛行機とひよ子、機内とひよ子、めんそーれひよ子。
 写真はすぐにクラウドにあげて、容量を空けなければ。

「あれ? これ、キラくんの車の色違いじゃない? レンタカーって、輸入車もあるんだね!」

 あるんだよひよ子……

「乗り慣れたやつの方が安心だからさ」

 今回の旅行は全て、スマホを新しくしたひよ子のために、写真映えするようにこだわった。
 ついでに言えば、結婚式で流すプロフィール映像やウェルカムボードなどを見据えていたりもする。

 俺は得意げに鼻の下をこすってみせる。

 ついに、俺達の初めての旅行がスタートした。


「キラくんは沖縄に来るの何回目?」

「何回だろうな……でも、潜る目的だけでしか来てないから、観光は初めてだよ」

「うそ! 贅沢……」

「野郎三人、ダイビング馬鹿だったんだよ」

 旅行の前に、デートでひよ子に丸いサングラスをプレゼントした。高いからいい、と遠慮されたが、めちゃめちゃ似あってて、めちゃめちゃ可愛いかったので、土下座する勢いで無理矢理受け取ってもらったのだが、大正解だった。実は俺とおそろい。

 人混みは嫌いだけど、ひよ子とくっつけるからなかなか良かった。
 行列に並ぶのも嫌いだけど、ひよ子と一緒ならあっという間に順番がきた。
 自撮りしてる奴らとかアホって思ってたけど、ひよ子とめちゃめちゃした。撮った。むしろ、現地で自撮り棒買った。
 民族衣装とか着るやつ馬鹿って思ってたけど、ひよ子が着てるのが見たいから一緒に着た。
 琉球ガラスの工房で、おそろいのグラス作った。

 水族館は明日だ。
 ダイビングは明後日からだ。
 時間はたっぷりある。

 初日は観光でかなりはしゃいだので、外で早めに夕食を済ませて、ヴィラへとチェックインした。


「素敵……夕陽が凄く綺麗だね……こんな所に泊まれるなんて夢みたい……貸し切り? 私達しか泊まれない場所なの?」

 バルコニーに出て夕陽を眺めるひよ子を、後ろから抱きしめる。

「そう。他にもいくつか建物があるけど、全部独立してて、離れてる───この建物は俺達だけだよ」

 温かい風が、頬を撫でるように吹いていた。

「ひよ子、今日は楽しかった?」

「うんっ楽しかった! 高校の修学旅行以来だけど、全然違うねっ大人って、自由って、いいね。明日も水族館凄く楽しみっ」

 ひよ子の喜んでいる姿を見ると、本当に一緒に来れて良かったと思える。金を稼いで良かったと、心から思える。

「キラくん、ありがとう……本当に嬉しい」

 ひよ子は俺の方に身体を向け、ギュって抱きついてきた。小さいひよ子。今まで、この小さな身体で、どれだけの事を一人で抱え込んできたのか……

「ひよ子、そうやって、いっぱい甘えていいんだからな。もっともっと、俺に寄りかかって欲しい。そのために、俺今まで頑張ってきたんだ……」

 正直に言えば、この頑張りが報われる日は来るのだろうかと悩んだ時もあった。ひよ子に、一瞬彼氏ができたりした時なんかは、まさにそうだ。

 でも今、俺は完全に報われた。
 ひよ子が喜んでいる。この笑顔は今、俺だけに向けられているのだから。

「キラくん……頑張ってくれてありがとう。私、これからキラくんの20年に応えられるように、いっぱいいっぱい言葉にするね。いっぱいありがとうって言う。いっぱい嬉しいって言う。いっぱい好きって言う……キラくん、大好き」

「……俺、死ぬのかな?」

「死なないよ」

 夢みたいな言葉がひよ子から聞こえてきた。

「ひよ子、俺、今夜は鼻血出さないから」

「……うん」


 沈みかけていた夕陽が、完全に海に消えた。

 
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