キラくんの愛は、とどまることを知らない

side キラ




  
「まぁ! あらあらあらっ! こんがり焼けて男っぷりが上がったわね」
 
 空港まで迎えに来た健二の第一声は、人混みの中でもひときわ響いて目立っていた。
 
「ひよ子ちゃんも、お帰りなさい♡今回ばかりは絶対にお赤飯焚かなきゃっと思ってたんだけど、稀羅くんが嫌いだって言ってたの思い出したから、醬油おこわにしたわ」
 
「「……」」
 
 その声も、もちろんものすごく響いていた。声の届いた範囲から感じる、周囲の生ぬるい視線に、ひよ子は恥ずかしそうに頬を染めている。逆に俺は、堂々と彼女の腰を抱き寄せ、ピースサインでもしてやりたいくらいだった。
 
「キラくんがくれたサングラスつけててよかった……顔から火が出そうっ……健二さん、声大きいんだもん……」
 
「そうだな、良く似合ってるからパパラッチされてても可愛く映ってると思う」
 
 ひよ子はそういう意味じゃない! と頬を膨らませて俺を叩いた。なんて幸せな痛みか。
 
 
 
 
「なぁ健二、マンション着いたら俺達このまま、ひよ子の親父さんの墓参り行ってくるわ」
 
「そう、疲れてない? でもそれがいいわね。泡盛でも持って、行ってらっしゃいな。車は? これでいい?」
 
「おう、何でもいい」
 
 健二が乗ってきたのは釣りの時に使った大型のSUVの輸入車だ。体のデカい健二は、これが乗りやすいらしい。いつもひよ子とのデートで乗る車ではないが、別にかまわない。ひよ子はわからないが、俺は全部気に入ってるから。
 
 
 
 健二と荷物をマンションで下ろし、俺とひよ子は墓地へと向かった。
 
「あ、そうだひよ子……言ってなかったけど、ひよ子の連絡先を母親に教えたのは墓地の管理人だったぞ」
 
「えっ?! そうなの?! ……そっか、確かにお父さんの納骨の時に連絡先変更したんだった……」
 
「頭にきたから、連絡先はひよ子じゃなくてうちの顧問弁護士にしといた」
 
 ついでに、個人情報を勝手に教えるな、と、きつく注意するように伝えておいたから、今頃管理人は違う奴になっているかもしれない。
 
「え、そんなこと出来るの? ……よくわからないけど、ありがとう」
 
 俺はついでに、隠しておくのも良くないと思い、妹が会社に来ていたことや再婚相手の会社を訴えていることなどを洗いざらいひよ子に話した。
 
「……ごめんな、勝手に色々して……でも、訴えた件に関しては本当に偶然だったんだ、会社同士の問題だから、ひよ子が気にする必要はない」
 
 ひよ子は窓の外を眺めながら黙って話を聞いていたが、最後に呟いた。
 
「……やっぱり不倫してたんだね、お母さん……」
 
 ひよ子はぽつりぽつりと語り出した。

 幼い頃、パートに向かう母親が、ある時から急に身なりに気を使い始めたそうだ。ちゃんと化粧をして、ほのかにコロンを香らせていたという。
 幼いひよ子は、母親のその綺麗な姿を見て、無邪気にも喜んでいたと言っていた。
 
「今思えば、お父さんのお酒の量が増えたのも、お母さんがパートに出てしばらくしてからだったかもしれない……お母さんを怒鳴るようになったのも……なんだ、あの人(・・・)の自業自得だったんだね」
 
 ひよ子は当時、母親だけが父親にいじめられていると思っていたらしい。
 
「相馬さんの言うとおり、つぐみは……妹はお父さんの子じゃないかもしれないね」
 
 どこまでも冷めた様子で淡々と語るひよ子。
 冷たいひよ子の声もなんだかそそるな、なんて思いながらハンドルを握る。
 
「キラくん、私のことひどい女だと思うかもしれないけど……母親が同じでも、つぐみを妹だと思えないの……赤ちゃんの頃は可愛かった気はするけど……」
 
「ひどい女だなんて別に思わないけどな。あの相馬が引くくらい、そもそもがひよ子と似ても似つかないし……」
 
 全然、全く、これっぽっちも可愛くないしな。
 
「……お母さんのことも、別に恨んでるつもりはなかったけど……あの日、今更お父さんのお墓に何しに来たのって思っちゃった……」
 
 どこか苦しげに笑うひよ子。
 きっと、実の母親のことをそんな風に思ってしまった自分の事が、自分で許せないのだろう。
 
「お父さん、きっと知ってたんだろうね……お母さんが不倫してるの……だからあんな風に……」
 
「今から行くんだ、本人に聞いてみよう。盆だし、親父さんその辺でウロウロしてるかもしれないぞ」
 
 ───……なんて、冗談を言ってみる。
 
「っ……ふふ、そうだね……よそのお供え物のお酒まで飲んじゃってるかもしれないから、捕まえなきゃ」
 
───……うん、そうだなっ。

 ひよ子の発想が可愛すぎる。




 
 お盆の時期なだけあって、いつもはさびれた雰囲気の墓地も、今日ばかりは賑わっていた。
 
 駐車場が満杯だった事から、予想はしていたが、浴衣姿に提灯(ちょうちん)をぶら下げた子供から、無理矢理連れて来られた風の中学生など、様々な家族連れがわんさかいた。
 墓地全体の風景も全く異なっている。花が飾られ、蝋燭が灯り、線香の匂いが立ち込めていた。

 少し元気が出た様子のひよ子と手を繋ぎ、俺達も沢山の家族連れに混じって墓に参る。

「あれ……? 誰か来てくれたみたい……」

 ひよ子の親父さんの墓にはすでに花と蝋燭、線香があげられていた。

「そりゃそうだろ、この墓には親父さん以外も眠ってるんだろ? それこそ、ひよ子のお爺さんお婆さんも」

「……あ、そうだったね! ……アハハハ! そうだよね、そうだった! 私達今まで、お父さんにばっかり話しかけてたねっ───っふふっ……はははっ!」

 ツボにはまったのか、珍しく大笑いしているひよ子が、たまらなく可愛い。

「美智子おばさん達かもな」

「うん、きっとそうだね」

 一応俺達も持ってきた花を二つに分けて、すでに飾られている花の隙間に差し込む。なんかギュウギュウだが、仕方ないね、と二人で笑った。

 二人で手を合わせ、目を閉じる。

「……」
「……」


「……お義父さん、俺、あなたの娘さんを頂きました。ご馳走様でした───大変、美味しゅう(おいしゅう)ございました」

 しっかりと声に出して報告したら、ひよ子にバシッと叩かれた。

「っ! もうっ! キラくん何言ってんの! お父さん以外も中にいるって話してたばっかりなのに!」

「別に、吉良家のご先祖様全員に報告したっていいだろ?」

「良くないよ! もうっ!」

 俺はひよ子の背後にまわりこみ、自分の身体の前に囲い込んだ。彼女の合わせる手に重ねるように手を重ねる。

「吉良家の皆様、俺とひよ子は名実ともに結ばれました。是非とも祝福して下さい───そして、ひよ子の事はもう心配いりません、この俺が、愛と友情と権力と金のチカラを使って、全力で守りますから」

「……キラくん、さっきから、全部声に出てるよ」

「出してるんだよ。吉良家のご先祖様に、お前誰じゃって思われてそうだから」

「ふふっ……ご先祖様、この人は、私の大好きな人です───あ、賄賂! キラくんが大枚はたいて買ってくれた賄賂をお供えしなきゃ」

 ひよ子の言う賄賂(ワイロ)とは、俺が親父さんのために沖縄で購入した“いっちゃんええ泡盛”だ。
 そんな事より、さっきの“私の大好きな人です”って……最高だった……録音しとけば良かった……

 ひよ子は嬉しそうに墓石の前に琉球ガラスのグラスを置き、その隣に泡盛の瓶を並べた。

「お父さん、独り占めしないで皆で仲良く飲んでね」

 ───……うん!

 と、俺が代わりに心の中て応えたくなるほどに、ひよ子が可愛い。



 その時だった……
 
「───ひよ子っ!」

 最高の気分だったのに……最悪な人間が現れる。


 
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