キラくんの愛は、とどまることを知らない

016

 
「───ひよ子っ! 良かった、まだいた……管理人さんに頼んでおいて正解だったわ……」
 
 楽しいひと時をぶち壊すように、突然私達の前に母が現れた。
 今の口ぶりからして、私達が来たら知らせるように、とでも管理人さんに頼んでいたのだろう……
 キラくんの弁護士さんが管理人さんに厳しく注意したと言っていたのに……それでもこんな事になるなんて、母はきっと、管理人さんにお金でも渡していたに違いない。
 
 奥には人混みに押されるように、つぐみの姿がある。なんとなくあの子とキラくんを会わせたくない。
 
「……帰ろう、キラくん」
 
「ん? ああ……」
 
 私は蝋燭の火を消し、お墓参りセットを片付けた後、お供えした琉球ガラスのグラスを持ち、重たい泡盛の瓶はキラくんに渡した。
 
「ひよ子! お願い、話しをしましょう? どうして電話に出てくれないの?」
 
「……」
 
 混雑しているのをいい事に、私は母の声が聞こえていないふりをして、つぐみのいる方とは反対側から駐車場に向かおうとした。
 
 しかし……
 
「ひよ子っ! お願い、少しでいいの……」
 
 あろうことか母は、振り切らないとわかっていてか、キラくんの腕を掴んだ。
 
「……っ! キラくんに触らないで!」
 
 自分でもわからないが、大きな声を出してしまった。周囲の視線を感じる。
 
「っ……」
 
 ───……嫌だ、嫌い、気持ち悪い、嫌い、嫌い、嫌い! キラくんに触らないで! 汚らわしい!
 
 頭がぐちゃぐちゃだ。
 
「っひよ子? 俺なら大丈夫だよ」
 
 いつの間にか母の手をすり抜けて、キラくんは背後から私の身体をさすってくれていた。
 
「……ここでは迷惑になります。場所を移しましょう」
 
 大声を出した事で少し冷静になったかもしれない。私はキラくんの手に自分の手を重ねて勇気を貰った。
 
 
 
 
「キラくん、しつこそうだから私だけで話してくる……」
 
「……大丈夫か?」
 
「うん……キラくんに聞かれたくないような酷い事、いっぱい言っちゃいそうだから」
 
「ひよ子が何を言ったって、俺は引かないよ?」
 
「……」
 
 私が嫌だ。
 近頃……今までずっと殺してきた自分の感情達が息を吹き返している気がする。それと同時に、大切な人が増えたからか、自分の醜い部分が増殖したような気がするのだ。
 
「わかった……スマホは持ってて。三人の姿が見える位置にいるから」
 
「うん」
 
 
 墓地から一番遠い第二駐車場の端は比較的人がいなくて静かだった。
 時間をかけたくない私は、そこで立ち話をすることにした。
 
「それで、話しってなんですか?」
 
 キラくんが車に戻り、私だけが現れた事で、母親の目に少し揺らぎが見えた気がする。
 
「彼氏さんは……紹介してくれないの?」

「そうよ、連れてきてよ! そこにいるんだから!」
 
 やっぱり結局それが目的だったのか、とため息を吐く。
 
「話しがそれなら、もう帰ります」
 
 二人に背を向け、歩き出そうとした所でまた呼び止められた。
 
「ひよ子っ! ……あのね、私、ずっとあなたに謝りたかったの……」
 
 “謝りたかった”? ……何に?
 
「何を?」
 
 私だけを捨てた事? 不倫してた事?
 どちらにしても謝られた所で、今の私達の関係は何も変わりはしない。
 
「一緒に連れて行ってあげれなかった事……」
 
「……それは私がお父さんの娘で、つぐみさん(・・)の父親の娘じゃないからでしょ?」
 
「は? お姉ちゃん、何言ってんの?」
 
 つぐみは何も知らないようだ。
 しかし母はかなり動揺しているように見える。やっぱりそうだったのか。
 
「謝罪は結構です……私はもう、あなたに育てられた年月よりも、美智子おばさんに助けてもらいながら一人で生きた年月の方が長いですから」
 
「っでも! 私を恨んでいるから、電話にも出てくれないんでしょう? 恋人も紹介してくれないんでしょう?」
 
 どうにかしてキラくんと話したいようだ。
 
「あなたに対しては何の感情もありません……つぐみさんも、私の妹だと名乗って彼の会社に迷惑をかけるような事はやめてください」
 
 本当に妹かどうかもわからないくせに。

「……迷惑?」
 
 母親は知らなかったようだ。
 私はキラくんに聞いたままを話した。当の本人はこれっぽっちも反省している様子はない。
 
「つぐみ! あなた、そんな事をしたの? だからあの人の会社が───っ……」
 
 まさか、キラくんに訴えを取り下げてくれとでも言うつもりだったのだろうか。
 なら、私に謝りたいというのも、ただの口実でしかないのだろう……
 
「お姉ちゃんがブロックして電話に出てくれないからじゃん! 結局本人には会えなかったんだし、別によくない? あ、私に彼氏を取られるのが怖くて、会わせるのが嫌なんでしょ! ぷ、ウケる、余裕なさ過ぎかよって───それよりさ、パパの機嫌が悪いから何とかしてよ。新作のバッグも買ってくれないし」
 
 反省する様子どころか、開き直った彼女に、呆れて物が言えない。おまけに……
 
「……パパの……機嫌が悪い?」
 
 何故私が何とかしなければならないのか。訴えられるような事をしたのはあなたの父親なのに。
 
「その件は会社同士の問題です。私には関係ありません。話しがそれだけなら、もう帰ります」
 
「ひよ子! お願いよ、このままじゃ主人の会社は潰れてしまうわ! 従業員も皆いるのに、どうしろって言うの?」
 
 白森さんは一体いくら請求したのだろうか。いや、金額よりも、業界で最も勢いのあるあの会社に敵とみなされた時点で終わりだと言う事なのかもしれない。
 
「それは経営者が考えるべき事です。まさか、そのリスクを考えずに会社経営をしていたわけではないでしょう……いずれにせよ、私にはわかりませんし、何もできません」
 
「どうして? 自分の恋人にひと言頼んでくれるだけでいいのよ? あなたのひと言で、救われる会社があるのよ?」
 
 私は一体、何の話を聞かされているのだろうか。
 
「ねぇ~何でもいいけどさぁ、お姉ちゃんもいい歳して昔のことで子供みたいにいじけてないでさ、仲良くしなよ。ママ、謝ってんじゃん」
 
 何も考えていないであろうその言葉に、抑えていた感情が爆発してしまった。
 
「───っいい加減にして! 自分たちのことばっっっかり!」

 気付けば、大きな声を出していた。

「ある日突然母親に捨てられて飢える子供の気持ち、考えたことあった? ないよね? 無いから今、私にそんな事が頼めるんだよね! お父さんの借金、いくらあったと思ってるの? 二千万だよ? 自分はさっさとお金持ちの社長と再婚してたのに、一度だって残してきた娘の様子を見にも来なかったのはどうして? その日食べる物にも困るような状況だってわかってて出て行ったのに!」

 止まらない、どんどん溢れてきてしまう。

「……どうして? ひと言頼んでくれるだけでいい? 仲良くしろ? ───ふざけないでっ! 自分の胸に手を当てて考えたら?!」
 
 ───手に持っていた、お父さん用の琉球ガラスのグラスが、激しい音を立てて砕けちった。
  
  
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