キラくんの愛は、とどまることを知らない

017

 
「まぁ! よく似合ってるわぁ~ひよ子ちゃん!」
 
「あらぁ~ん、本当! お義母様の見立てはいつも間違いないわねぇ~」
 
「うふふっ、やっぱり有松絞りは涼し気でいいわねぇ~。ひよ子ちゃんみたいな若い子が着るのがまたいいのよねぇ~」
 
 圧の強すぎる二人のスタイリストに囲まれ、私はされるがままヘアメイクと浴衣の着付けを施された。
 男子禁制、と言いながらキラくんたちは追い出されたが、なぜか男物の浴衣姿の健二さんと雄犬も混じっているであろう犬達はずっといる。
 
「いいんでしょうか、こんなに素敵な浴衣を頂いても……着付けていただいたのも初めてで……嬉しいです」
 
 当然ながらお金がなかった私は、自分の成人式に振袖は着れなかった。もちろん浴衣も持っていなかったため、着付けは今日が始めての経験だ。
 緊張して背筋がピンとなってしまう。
 
「え? 浴衣の着付けが初めて? ひよ子ちゃんってば、自分で着れるの?」
 
「はいっ! 社員旅行で行った温泉で着た浴衣は自分で着れました」
  
 何やら衝撃的な事実でも知ったかのような表情で固まる、キラくんのお母様と健二さん。
 
「ちょっと待って、ひよ子ちゃん……あなた、七五三は? 成人式は? 卒業式の袴は?」

 七五三なんて、まずあり得ない……
 
「……お恥ずかしながら、奨学金で通わせて貰っていたので、振袖をレンタルする余裕も無くて……成人式と卒業式は同じスーツでした」
 
 でもそのスーツは、ヒカリに譲ってもらったもので、ブラント物でとても着心地のいい、お気に入りのスーツだ。
 
健ちゃん(・・・・)! 今すぐ稀羅を呼んで!」
 
 穏やかな印象のお母様が突然叫び、健二さんが浴衣姿で走る。
 
 
 数秒後……
 
「どうした! ひよ子に何がっ───っ?!」
 
「……?」
 
 キラくんは私を見て口をぽかんと開け、さっと両手で隠した。その仕草はまるで、女の子みたいで可愛い。
 
「母さん……いい仕事してくれた」
 
 ───……え、キラくん泣いてるの? 冗談でしょ?! ……あ、よかった、泣きまねか……
 
「そうでしょ、そうなのよ───っじゃ、ないわよ稀羅! お母さんね、お正月までにひよ子ちゃんに振袖を仕立てて貰うから! 絶対に! 絶対によ! 止めても無駄よ!」

 お母様まで、何故かうるうるしている気が……
 
「頼む。金に糸目はとけなくていいからな。友禅でも大島紬でも総絞りでも! 全部でもいい。俺が払う」
 
「「……」」
 
 親子二人は無言で握手を交わしている。なんなのだろうか、一体……

 
「これはこれは、若い女の子が一人いるだけで華やかになるねぇ」
 
「だ、大臣っ……っじゃなくて……」
 
 そこに現れたのは、テレビでよく見る人物だった。

 考えたら、ご実家についてからろくにご挨拶もさせてもらえぬまま、シャワーにヘアメイクに着付けにと、進められてしまっていた。
 
 私はキラくんのお父様とお兄さんを前に、きちんと改めてご挨拶をして、この日、暖かく黒霞家に迎え入れてもらうことができた。
 
 
「屋上の準備は出来てるよ」
 
 お父様が言った。

「屋上?」
 
「この家の屋上から、花火がよく見えるんだ」
 
 そう言われ案内された先は、まるでデパートの屋上でやっているビアガーデンさながらの場所だった。
 
「ひよ子ちゃん、お酒は? 稀羅も健ちゃんも泊まって行きなさいよ、こんないい日に飲まないのは駄目よ」
 
 キラくんが私をチラリと見た。気を使ってくれているのだろう。
 
「頂きます! キラくんもどうぞ」
 
 せっかくなので、グラスを手にとりみんなで乾杯させて頂くことに。
 
 見たこともない豪華なお寿司やローストビーフなどのお肉達、お洒落な野菜スティックやピクルスなどと一緒に、なぜか醤油おこわのおにぎりが……ちょっぴり恥ずかしくなりつつも、健二さんのそれを頂くことにした。
 
「ひよ子ちゃ~ん、スイカがきたわぁ〜いるかしら~?」
 
 お手伝いさんらしき人が、食べやすくスティック状に切り分けたスイカをもってきてくれていた。

 もう、今日は、言われるがまま進められるがまま食べよう、と決めた私が、スイカを手にした途端、足元にこの家の5匹の犬たちが群がってきた。
 
「きゃっ、何なに?! どうしたの君たちっ」
 
「稀羅、ひよ子ちゃんが襲われてるぞ」
 
 同じくスイカを手にしている、お兄さんの蒼羅(そら)さんには、誰も寄って行っていない。
 
「ひよ子、兄貴とこいつら、スイカが好きなんだよ。おこぼれを貰おうと、5人全員でチョロそうなひよ子をターゲットに決めたらしい」
 
 チョロそうな私をターゲットに……つまり、この犬達は、スイカ好きな蒼羅さんからはおこぼれをもらえない、とわかっているという事だろうか。
 
「え、私、スイカを5本も食べなきゃいけないってこと?」
 
 5匹いるのだから、どう考えてもそうなる。大丈夫だろうか……
 
「大丈夫、俺が3本食べるからっ! 見ててひよ子───かじったら、このくらい残してあげて……こいつら、フォークのまま上手に食べるから」
 
「本当だ! 可愛いっ! この子達みんな、フレブルってやつ?」
 
 なんだか雑誌でこの子たちの専門誌のようなものを見たことがある気がする。白に黒に、白黒に茶色に、実に個性豊かで愛嬌がある子ばかりだ。
 
「そう、フレンチブルドッグって種類。あっちで親父の隣にふてぶてしく一緒に座ってるデカいのは、普通のブルドッグ。よだれに気を付けて」
 
「猫はいないんだね」
 
「可哀想だけど猫は外には出せないから、家の中にいるよ」
 
 その後見た猫も、犬と同じような顔をした、エキゾチックと呼ばれる種類だった。このご家族の好みは、ブレずに鼻ぺちゃ一択であるようだ。 
 
 そうこうしていると、ものすごい音と振動と共に大輪の花火が空に上がった。
 思わず耳を塞ぎたくなるほどの迫力に、釘付けになる。
 
「すごい……特等席だ……花火が降って来るみたい」
 
「ひよ子ちゃんも、帯を前にしてあげるから、寝転んで見ましょう。このままだと首が痛くなるから」
 
 確かに……
 
 屋上に設置されているカウチやソファーに各々が好きに横になり、空を眺めた。

 
「(小声)……ひよ子、キスしてもいい?」
 
「えっ(小声)だ、駄目だよ」
 
「(小声)大丈夫、みんな花火に夢中だから……俺、夢みてる気分なんだ。家族の中にひよ子が普通にいて、こうやって一緒に花火見てるとか……」
 
 そう言いながら、キラくんは私に半分覆いかぶさるようにキスをした。
 
 してやった、とでも言いたげにイタズラ笑みを浮かべるキラくん。
 
 その笑顔は花火に照らされて、すごく……眩しかった。
 
 
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