キラくんの愛は、とどまることを知らない
019
「ねぇひよ子、沖縄旅行での初体験から彼氏の実家訪問、週に5日は一緒にいると来れば、次はもうプロポーズしかないと思うの」
「……」
交番勤務のお巡りさんであるヒカリの婚約者のコウくんが、夜勤だというので、今日は私が二人のマンションに遊びに来ている。
遅くなったが、沖縄のお土産と共にその後にあった色々な事件の報告を済ませたのだが───……
先ほどから私の話ばかりしていたので、そろそろヒカリの話も聞きたいと思い、話題を変える事にした。
「ヒカリの結婚式、もうすぐだね」
「話し変えたな? ……うん、やっとだよ! もう一緒に住んでるからアレだけど、やっぱり結婚式でたくさんの人の前でこの人と結婚しますっ宣言して、祝福されたいよね。早く入籍して、苗字も同じになりたい……」
一緒に住んでいるのにヒカリ達が入籍していないのには、理由がある。
ご両親が、入籍前に同棲しろと言ったのだ。
夜勤などのある不規則な勤務体制のコウくんとの結婚生活に問題がおきないか、やっていけるのか、よく考えろ、との事らしい。
結果、問題なさそうだと判断した二人は、同棲開始二カ月で、結婚式場を押さえたのだ。
ヒカリのお父さんやお爺さんの立場を考えると、ものすごい規模の披露宴になるのでは、と想像したが、普通に親戚と新郎新婦の会社や友人までだと言っていた。
「ヒカリが、キラくんにも追加で招待状くれたでしょう?」
「うん、ご祝儀目当てでね! 億万長者のご祝儀は一体何センチ厚なのか、楽しみ!」
残念ながら、普通に私と同じ金額を包むと思う。
「実はね、その招待状をキラくんのお母さんが見つけたの───」
結果、キラくんのお母さんは私の振袖を、先にもう一着必要ね! と言って、ヒカリの結婚式に間に合うように注文してくれたのだ。
「えー! つまり、ひよ子の振袖姿が見れるのっ?! 成人式の日、私がどんなに悔しかったか! うちのパパがプレゼントするって言っても頑なに受け取らなかったくせに、キラさんのお母さんからは受け取るんだね……ちょっぴり寂しい……」
友人のお父さんから振袖を贈られるなんて、普通にあり得ない事を、私は普通に遠慮しただけだ。
でも、キラくんのお母さんの申し出は……とてもじゃないが断れる雰囲気ではなかった。お金はキラくんが払うと言っていたし、もう、いいか、と考えることをやめた部分もある。
すでに、浴衣も頂いてしまっているし……
「なんだかんだ言って、ひよ子はキラさんのお嫁さんになる覚悟があるみたいで、安心した。私なんかじゃ釣り合わないぃ~っとか言ってたらどうしようかと思ったよ」
ごめんなさいヒカリ、数か月前までは言ってました……それ。
「20年前にキラくんを誑かした責任を取らなきゃ、と思うことにしたの」
「あ! それいいね! ひよ子が、純真無垢なキラ少年を誑かした悪い幼女って感じで新鮮! それ、友人スピーチで使うわ」
記憶の中のキラくんは、そんなに純真無垢ではなさそうだったけど、と私は遠くを見つめた。
「友人スピーチって……もしかして、私とキラくんの?」
「え、私以外に誰に頼むつもりなの?! いないでしょ?! 主任は職場の上司枠よね?! 健二さんは、キラさん側でしょ?!」
私でも考えていなかった未来の話を、ヒカリがすでに考えているとは思わなかった。
「へへへっ……その時がきたら、もちろんヒカリにお願いするよ」
その言葉に、ヒカリは満足そうだ。
「ねねね、ひよ子はもう、私の結婚式のスピーチ考えた? 手紙形式? 絶対に泣かせないでよね、メイクが崩れるから」
「秘密っ」
盛大に泣いてもらうつもりだ。でも一番の心配は、読んでるこっちが泣いてしまわないかである。
翌、土曜日の朝……
寝ているヒカリを起こさないように帰り支度をしていると、ヒカリの婚約者のコウくんが帰宅した。
「コウさん夜勤お疲れさまでした。お留守にお邪魔させてもらってすみません。もう帰るので、ゆっくり休んでくださいね」
「気をつかわなくていいのに。ひよ子ちゃんは、家族みたいなもんだって、いつもヒカリが言ってるよ」
それは初めて聞いた。嬉しい。私には、直接言わないくせにっヒカリってば……
「ヒカリは? まだ寝てるの?」
「はい、昨日は遅くまでおしゃべりしてたので……」
「そっか、楽しかったんだろうね───あ……送ろうか?」
「いえ、キラくん……彼が迎えに来てくれるのでっあ、丁度着いたみたいです」
「あ、あの時のイケメンな彼ねっ……下まで見送りたい所だけど、ヒカリがいないなら、朝に俺だけが見送ったらなんだか怪しいから、ここでいいかな?」
とんでもなく気遣いのできるコウくんに、驚いてしまう。ヒカリには絶対に彼が必要だ。
私は静かに二人の愛の巣を出た。
「おはよう、キラくん! 来てくれてありがとう」
「一分一秒でも早く会いたいから」
サングラスをつけて、緩い服装をしているが、彼がイケメンである事はその雰囲気でバレバレだ。
私は助手席に乗り、シートベルトをつける。
「お客様、パンとおにぎり、どちらの気分ですか?」
朝食に、パン屋さんに寄るか、おにぎりカフェに行くかと聞いているのだろう。
「パン屋さんまでお願いします、イケてる運転手さん」
「了解、パン屋のあとはイケてるこの俺のマンションに連れこみますが、よろしいですか?」
「はい、喜んで連れこまれたいと思います」
私、キラくんの突然にこうゆう変な茶番を始める所、嫌いじゃない。
「ひよ子……」
「んー、何?」
パン屋でトレイを持ってパンを選んでいると、キラくんが真面目な声のトーンで話しだした。
朝だからか、店内には人も多い。
「俺と……───結婚しよう」
「……っ───!?」
聞き間違いだろうか……
───……今、結婚しようって言った?
私たちの会話が聞こえたらしい他のお客さんが、驚いた表情でチラチラこちらを気にして見ている。
動揺したら負けだ───なぜかそう思った私は、笑顔で返す。
「うん、しよっか」
「本当に? いつする?」
「そうだなぁ……パンを選んでレジを済ませたらかな」
「わかった」
キラくんは熱心にパンを選びだした。
私達の話を聞いていた常連らしいお客さんは、なんだ、冗談か、とばかりに生暖かい視線でキラくんに話しかけている。
「これ、美味しいですよ───……プロポーズ、成功して良かったですね」
「はい! これを買ったら入籍してこようと思います! 土曜日でも大丈夫でしたよね?」
「───……え?」
私は耳を疑った。
その後……本気での区役所の夜間休日窓口へ向かおうとするキラくんを、全力で阻止したのは言うまでもない。