キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
「お前はあの日から俺のモノだったんだからな───それなのに、いきなり消えて……公園に来なくなっただろ」
「妹の出産で母の実家に一時期だけ滞在していただけだったんです、だから……っ……んっ……」
俺は背後からひよ子の身体を抱き締めた。お湯の中で、素肌同士が触れ合っているのをいい事に、目の前にある綺麗なうなじにチュッと唇で軽く触れる。
「でもな、ひよ子がひよ子で良かったよ、すぐに見つかったからな」
変わった名前とその見た目の可愛さが相まって、地元の公立の中学、高校へと進学した彼女はちょっとした有名人だった。
俺は駅などで公立の制服を着た男子達から彼女の噂を耳にするたびに苛立ち、すぐに会いに行って俺の彼女だと見せつけたかったが、あえてしなかった。
俺は俺で変に頑固な所があり、億万長者になるまでは、というくだらない意地が、ずっと頭にあったのだ。
「ひよ子、俺は名実ともに“億万長者”になったぞ。資産は資産10億ドル以上だ」
「ビリオネア? ミリオネアより上って事ですか?! は? どうやってそんな……」
「頑張ったんだよ、早くお前に会いたくて」
彼女の身体を抱く腕にチカラがはいる。ようやくだ、ようやく手に入れた。
「つまり……話をまとめると、キラさんはあの時のキラくんで……あの日の私との約束を守って迎えに来てくれた、という事ですか?」
「そうだが? お前は忘れていたみたいだがな」
がぶり、と彼女の肩を甘噛みする。
「───っ痛!」
「だから、俺がお前の借金を払うのは当然なんだ。わかったか?」
「そこがわかりません。ビリオネアの方からしたら、二千万円は確かにはした金かもですが……」
「わかれよ。ひよ子はすぐに黒霞 ひよ子になるんだから、借金は邪魔だろ」
───……胸、触ったら怒るかな? いいよな? 俺のだし?
俺の頭の中は煩悩に埋め尽くされていた。
「結婚するつもりですか? 私と? 正気?!」
「……しない理由があるのか?」
なんだか気に入らない反応だな。せっかく頑張って億万長者になって、迎えに行ったのに。まぁ、タイミングは、正直あまり良くなかったが。
「私の事、好きなんですか?!」
「───っ好きに決まってんだろ! アホか! どこの世界に好きでもない女を20年間も一途に想って、バカ真面目に金稼ぐ奴がいるんだよ」
ひよ子は昔から馬鹿だったが、未だに馬鹿だった。
「そう、ですか……ありがとうございます」
「おう、わかればいい───じゃ、いつにする? 結婚式はしたいか? 海外がいいか? あ、先に籍入れちまうか、その方がパスポートとか楽だよな」
俺は浮かれていた。激しく。
「いや、突然そんな事を言われても、私の気持ちはキラさんにはないですし……父の四十九日も済んでませんし……」
「……え? お前の気持ちが俺にない?」
四十九日はそのとおりだ、それはそうだ。
しかし、問題はそっちではない。俺は当然、ひよ子が俺の事を思い出せば、俺と結婚すると言うと思っていた───違うのか?
「はい。さすがに今はもう、結婚は好きな人としたいですよ。億万長者も確かに魅力的ですけど……そもそも私、キラさんの事何も知らないですし。私、酒とギャンブルする男は絶対無理なんです」
何かが崩れ落ちていく。
「……しない……酒はほどほどだし、ギャンブルはしない。好きではない? ……俺が嫌いなのか?」
「嫌いとか、好きとかって以前の関係ですよ。はじめまして、という感じですね」
「……のぼせそうだ、上がる」
俺は湯から上がり、少し冷静になるためにふらふらと移動しサウナ用の水風呂に浸かった。
──────
「(──ダンッ!)っプハ!」
「……」
湯上がりの一杯は美味いな。
俺はコップを置き、水風呂に浸かり、頭を整理した結果をひよ子に伝える事にした。
「ひよ子、お前はああ言ったが、ようするにお前が俺を好きになればいいだけの話だろ? 大丈夫だ、お前は俺を好きになるから」
「どっからその自信は来るんですか?」
「いずれにせよ、お前はもうあの家には帰れないぞ」
俺は仕方なく、地下の空洞の件を伝え、あれこれ揉めたがなんとかひよ子を言いくるめる事に成功した。
「なら、しばらくはこちらにお世話になる事にします……」
───……よし。
「でも、私は誰のモノでもありませんから! キラさんは自分のモノだと言いますが、違いますので! 今から私達は債権者と債務者の関係です」
「……駄目だ! 今さら無理だ! 俺はひよ子が好きなんだぞ? ずっと、20年間ずっとだ! 目の前に求め続けた好きな女がいるのに……っせめてっせめて、触らせてくれ!」
あ、つい本音が……
「……は?」
「あ、誤解だ、そういう意味ではなくてだな……」
「……キラさん、冷蔵庫に健二さんのカルパッチョとパエリアが入ってます。では、おやすみなさい」
「ま、待てよ───っひよ子!」
ひよ子は部屋に行ってしまった。
「……寝室も一緒だって言いたかったのに……何がどうなってんだ……俺は……振られたのか?」
翌朝、予定どおりひよ子の荷物がマンションに届いた。当然、ひよ子は部屋にこもってしまっている。
俺は在宅勤務の予定を急遽変更し、相馬に迎えに来させて仕事へ行くことにした。この状況の打開すべく、策を練る必要がある。
「───それで、なんで俺を呼びつけるんだよ! 暇じゃないんだけどな!」
「冬亜、お前、女にモテるだろ? どうやってモテてるんだ」
俺は女を侍らせる事に長けた男を呼び出した。
「おい相馬! なんとかしろよ」
「白森代表、私にも不可能な事はございます……」
「……っ……はぁ───……ったく……」
なんだかんだ言って、冬亜は俺に甘い。面倒くさそうにしながらも、親身に話を聞いてくれた。
「……つまり、お前のルックスと金と、一途な純愛をもってしても落ちなかった女を落とす方法って事だろ? ───そうだな、ない、無理だ! そんな面倒な女は今すぐやめて、お前に寄ってくる中から選んで用を足せ」
「……」
「……」
俺の共同経営者は、思っていた以上のクズだった。
「……なんだお前らのその目は! 相馬まで! ───ったく……多分あれだ、その子、好きな男でもいるんじゃないか? 本気の相手がな……じゃなきゃ、お前の条件に落ちない女はいないって」
「っな!」
も、盲点だった……ひよ子に好きな男が? いや、俺の日々の調査によれば、彼女に恋人がいた事は数回しかない。その数回も、すべては俺が相馬に指示して相手の男をひねり潰した。(違うモデルの美女をあてがっただけ)
「相馬、行くぞ……ひよ子の身辺を再度あらう。それらししい男がいないか調べるんだ! 職場、取引き業者者に宅配会社、よく行くコンビニから担当美容師まで、洗いざらい調べろ!」
「……は……い……かしこまりました……」
「……相馬、お前には同情するが、コイツが仕事に集中するためには、通らなければならない道だ、頼む」
「……」
どこのどいつか知らないが、よくも俺のひよ子の心を奪いやがって……
待ってやがれ、見つけ次第すぐに返してもらうからな!!