キラくんの愛は、とどまることを知らない
side キラ
───さかのぼること、ひよ子の出張前日……
「相馬、出張に行くぞ」
「はい? ……そのような予定はありませんが」
「急に出来たんだ、明日から四国に二泊三日だ」
“ひよ子の周りの男リスト”のレッドマーカー、すなわち要警戒人物と、二人で出張だなんて、見過ごすわけにはいかない。
「珍しいですね、ひよ子さんが来てからは絶対に夜はマンションに戻っていた貴方が……」
マンションにひよ子がいないならば戻る必要もないからな。
「陸海空どの基地ですか? 宿を手配しないと」
「ホテルは現地でビジネスホテルをとる! ……から、手配しなくていい」
結局、ひよ子が泊まるホテルの名前は聞けなかったので、GPSの位置情報を追うか、目視で確認する必要がある。ひよ子のスマホを借りた際に、遠隔操作が可能な、持ち主にバレないアプリを仕込んでおいたのだ。(※ 犯罪です)
「は? ビジネスホテル? 貴方が? いやいや、シティホテル取りますよ」
「なんだよ、俺だってビジネスホテルくらい泊まれるぞ」
別に俺は元々金持ちというわけでもない、両親はある意味国家公務員だが、普通の一般家庭だ。
こうして、俺と相馬はひよ子の後を追った。
『───美味い店に連れてってやるよ、夜出れるか?』
『───実は下戸なんだ。カッコ悪いだろ男なのに』
『……吉良だから話すけど───』
『───吉良、お前もなんか秘密話せよ』
行く先々で聞こえてくる気に入らない会話の数々……
「稀羅さん、もはやストーカーですよ。盗聴までして……スマホにあのアプリ仕込みましたね? 犯罪ですからね……」
「……」
俺はひよ子のスマホから音声と画像を拾い、バレないように離れた店で二人の様子を観察していた。
相馬の言葉はイヤフォンをしているため聞こえないフリをする。
「あの男……ひよ子に気があるに違いない……」
「あのねぇ、自分の好きな物を誰も彼もが好きだと思わないいでくださいね? ですが、白森代表が言っていたように、ひよ子さんの方に気がないのであればいいではないですか」
「……」
その後俺は、二人が別々の部屋へ戻った事を確認し、ひよ子と同じホテルに泊まった。
あんな狭い部屋に泊まったのは初めてだったが、別に悪くない。
翌日、ひよ子の仕事をこっそり見学した。
「zuv.tecのシステムは……ここでも使われるのか」
「そうですよ、首都圏をはじめとして各地方自治体が我が社のシステムを選択してくださっています。それが貴方の構築したシステムへの評価と素晴らしさです。ですからこんなストーカー犯罪まがいの事はおやめください……」
「俺が捕まったら、迷惑かけるよな……あ、でも登記上はいないから大丈夫か」
「いやいや、貴方個人で契約している国や組織もあるんですから! 迷惑どころの話ではありません!」
相馬が珍しく怒ってる。
「わかったよ」
「わかっていただけて良かったです。では何時の便で戻りましょう?」
「いや、戻るのは明日だ」
「……は?」
それはそれ、これはこれだ。
仕事が終わり、気の抜けた所で二人の間に何かが起きるかもしれない。最後まで見届けなければ。
──────
結局、ひよ子と同じ便で戻る事になってしまった。
俺は先にマンションに着くように急ぎ、同じ場所へ行っていた痕跡を消し去る。
「おう、おかえり」
そして何食わぬ顔をして食事に誘った。
「キラさんも出張だったんですか?」
「ん? おう……相馬と一緒にな」
……健二だな、あいつめ……
「もしかして、羽田にいました?」
「あ……ああ、いたかもしれない。どうしてだ?」
何故その事を……もしかして尾行がバレて……?!
「見かけた気がして……お二人とも身長が高い上にカジュアルなキラさんとビシッとスーツの相馬さんコンビは目立ちますから」
カジュアルな俺とスーツの相馬?
確かに俺は堅苦しくて好きじゃないから、スーツは着ない。さすがにひよ子を迎えに行った日は着たが、それだけだ。
……そんな所も見ていてくれたのか、と嬉しくなる。
「億万長者はスーツなんて着ないんですね……相馬さんは秘書か何かですか? それともボディーガード?」
「(ブフッ!)相馬がボディーガード?! あり得ない、俺より弱そうなインテリ眼鏡に守られたくないな……あいつは第一秘書だ」
あれ、俺はそんな事も話していなかったか?
「第一って事は第二、第三もいるんですよね……キラさんって、何者ですか? 名刺か何か頂けませんか」
ひよ子が俺に興味をもってくれている!
「おう、名刺な───電子でいいか? 送っとく」
俺はダイニングテーブルに設置してあるタブレットを操作し、自分の名刺をひよ子のスマホに送信した。
「……スマホは部屋です、そのタブレットで見れるならそれでかまいませんが……」
「あ、そうだな……───これだ」
俺は画面をひよ子に向ける。
なんだ、妙にソワソワしてしまうこの気持ちは。
「……zuv.tecって……私でも知ってます……凄く有名なIT系のベンチャー企業ですよね? そこの……Executive Advisor?」
画面を見たひよ子は、目を見開きフリーズした。
「ああ、zuv.tecは俺の仲間が起こした会社だが、当の代表は経営以外全く駄目だから、技術的な部分を俺が管理している。あとな、他もあるぞ───」
驚きと尊敬の入り混じった表情を見せるひよ子に、気分が良くなった俺は、続けて画面を右にスクロールし、白森が俺に、とくれた別会社三社の名刺も見せた。
「……」
しかし、二枚、三枚と進むにつれ、ひよ子の表情はどんどん青ざめていく。
正直俺は、zuv.tec以外の白森の会社が何をしているかよくわかっていない。
まさか、変な事をしている会社なのだろうか……
「……どうした?」
ひよ子はうつむき、黙ってしまう。
そして、何故か丁寧に箸を揃え置き、俺に頭を下げた。
「……黒霞 稀羅さん───すみませんでした。子供だったとはいえ、私は本当に無責任で軽率な言動をしてしまいました……」
「……っな何を急に───」
俺はひよ子の頭頂部を前にし、言葉につまる。
「知らなかったとはいえ、今まで失礼な事ばかり言って……本当にすみませんでした。億万長者をなめていたわけではありませんが……ピンと来ていなくて……でも、こうして貴方の社会的な立場を知って思い知りました。私とキラさんとでは、住む世界が違い過ぎるようです」
違う、そんな言葉は聞きたくない。
俺が見たかったのはそんな表情じゃない。聞きたいのはそんな言葉じゃない。
俺はただ……
“凄いですね! 私のために頑張ってくれたんですね! ありがとうございます”
……と言って笑うひよ子の笑顔が見たかっただけなんだ……