私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
車で3時間。地味に遠い、私たちの故郷。
でも、車内では会社の話や地元の話で盛り上がって、時間を持て余すことはなかった。

「ちょっと寄ってほしいところがあって」

運転中の野田が、ふいに前を見たまま言った。

「どこ? いいよ?」

「じゃあ、寄ってくな」

ナビが切り替わり、私たちは地元に一番近い高速の出口を降りた。下道をしばらく走ると、田んぼが広がる風景から、だんだんと山の方へ入っていく。

「え、どこ行くの…? めっちゃ山の中なんだけど」

「まあまあ、すぐそこ」

そう言った野田の声が、どこか照れくさそうだった。

そして視界が開けたとき、目の前に現れたのは――立派な古民家だった。手入れの行き届いた庭に、大きな瓦屋根。縁側には風鈴が揺れていて、どこか懐かしい音が風に乗っていた。

「……なにここ、旅館?」

「いや、俺の実家」

「……え、じ、じっか?」

「母さんがさ、"帰ってくるなら彼女くらい連れてきなさい"ってうるさくて」

「か、彼女…?!」

思わず大きな声が出た。野田は肩をすくめて言った。

「ちげーって言ったけど、"じゃあ仲のいい子でもいいから挨拶くらいしなさい"ってさ。お前、断らなかったし」

「う、うん……たしかに。断ってないけど……」

まさか、実家に連れてこられるなんて――
化粧も直してないし、ワンピースも完全に旅行用のラフなやつ。
なにより、心の準備ができてない。

でも野田は車を降り、助手席のドアを開けてくれた。

「大丈夫。うちの母さん、人見知りしないから」

「そこじゃないんだけど……!」

そう言いながらも私は降りた。
玄関の向こうから、「はーい、遥人?」と、明るい女性の声が聞こえる。

鼓動が速くなる。
これって――まさか、本当に"実家への挨拶"…!?
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