私の隣にいるのが俺じゃない理由を言え、と彼は言う
その日一日、野田と私は、ほとんど言葉を交わさなかった。

営業部と総務部。
もともと部署も違う。
終日顔も合わせない方が多い。

気づけば終業時間。
私はそっと荷物をまとめて、エレベーターに向かう。

「あっ」

そのタイミングで角を曲がってきたのが、野田だった。

エレベーター前で、私たちはばったり向かい合う。

「……帰る?」

「うん。野田くんも?」

「うん」

それだけの会話。
けれど、沈黙が妙に重くて、私は視線をそらせなかった。

野田が小さく息を吸って、ぽつりとつぶやく。

「昨日のこと、ほんとに……何もなかったことにしてくれていいから」

私は小さく首を振った。

「ううん。何もなかったことには、できないよ」

その言葉に、野田の目が一瞬だけ揺れる。

「……だよな」

扉が開いて、二人で乗り込む。
その密室のなかで、しばらく沈黙が続いた。

私はふと、隣に立つ野田を見上げて、つい笑ってしまった。

「フフッ…」

「……なに?」

「ううん。なんでもないよ」

あんなにいつもは俺様の野田なのに。
今はまるで、借りてきた猫みたいにおとなしい。

でも――それが、ちょっと可愛いと思ってしまった。
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