甘い記憶を溶かしたら
 送り届けてくれた玄関前で昴先輩にお礼を言った。

「ありがとうございました」
「戸締りしろよ」
「はい……あの!」

 思わず呼び止めてしまった。行きかけた足を止めて振り向いてくれた昴先輩、首を傾げて待っている。

「あ、の……あの、こ、コーヒー!」
「……」
「良かったら飲んで帰ったり、しませんか、なんて……」

 昴先輩は目を見開いて黙ったまま。

「送ってもらって、さようならって……折角……って違う! そうじゃなくって、申し訳ないというか! お、お礼というか!」
「……」
「あ! 時間、もう遅いし迷惑ですよね!」
「いやそうじゃなくって……あのさ、そんな気安く男部屋に誘っちゃダメだよ」
「ええ! あ、でも……す、昴先輩だしっ!」
「……俺だしなに? 莉久の兄貴だから心配ないって?」
「り、莉久? 莉久関係ない……」

 急に莉久の名前が出てきて戸惑っていたら扉にガッと手をかけてくる昴先輩。扉に背をついていた私は思わず後ろにぐらついた。

「わっ!」

 その体を腕を掴んで支えられてより距離が近づく。見上げたすぐそばに……昴先輩が私を見下ろすように見つめているから。

「せ、先輩……」
「だからもう先輩じゃない」
「……で、でもやっぱり職場でもまた先輩だし」
「……」

 部署で一番の頼りにする先輩には違いない。そんな思いで呟いたらとても面白くなさそうな顔をして拗ねたようにこぼす昴先輩がいる。

「手なんかあげるんじゃなかったかな」

 ――え?

「指導担当だよ。遠野さんが来るってわかって……誰か指導補佐にって声かけられて俺が手を挙げたの」
「ええ!?」
「栗田にさせたくなかったし」
「え?」
「俺も後悔……」

 昴先輩はそこで言葉を切ってしまった。
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