まだ君は知らない、君の歌
声出しのあと、みんなと簡単な個別練習に入った。
メトロノームのクリック音に合わせて、私は繰り返し、サビの一小節を練習する。
「んー……ここ、ちょっとだけ音が浮いてるな。もっとこう、下からすくい上げる感じ?」
横についてくれている奏良くんがアドバイスをしてくれた。
私は素直に頷き、イヤホンで音源を流しながら、もう一度試す。
何度か繰り返すうちに、音がすっと音楽の中に溶け込む瞬間があった。
自分の声が、“誰かと一緒に作っている音”に変わった気がして──思わず顔を上げる。
「……今の、すごくよかったよ」
奏良くんの目が、優しく細められる。
「ホントホント! なんか絃音ちゃんの声って、クセになるっていうか……心地いいんだよねぇ」
真緒くんが嬉しそうに頷きながら、ベースのネックをなぞる。
「芯が出てきた。いい声だ」
無口な悠さんが珍しく直球で褒めてくれて、私は思わず顔が熱くなった。
「“まあまあ”ってとこだけどな。こいつはまだ伸びるだろ」
ツンとした声で隼人くんが言った。
でもその顔は、ちょっとだけ笑っていて、私の胸はじんわりと温かくなった。
(ちゃんと、認めてもらえてる……)
不安と戸惑いが、少しずつ薄れていく。
今までは半信半疑で、どこか上滑りして受け止めきれかったみんなの言葉。
それが、ちゃんと"自分の行動の結果"として受け取れている自分に気がついた。
そのあと、バンド全体で一曲通して練習。
私は歌詞カードを握りしめて、彼らの音に耳を澄ませる。
奏良くんのギターが旋律を描き、真緒くんのベースがその土台を支える。
隼人くんのドラムがリズムに命を吹き込み、悠さんの鍵盤が景色を添える。
私は、その真ん中で──歌う。
まだ不安もある。緊張もある。
でも。
(……楽しい……)
心の奥底から湧き上がるその感情に、自分でも驚いていた。
気づけば、何度も繰り返していたサビの部分で自然と笑っていた。
歌うことが、こんなにも気持ちいいなんて──知らなかった。
曲が終わったあと、音楽室に静寂が戻る。
「──うん、今日の感じ、すごくよかったよ」
奏良くんがそう言って、私の目をまっすぐに見た。
「少しずつだけど……。絃音、変わってきてるよ」
その言葉が、胸の奥に届いた。
私が変われているって。
それを、誰かが見てくれているって。
それが、こんなに嬉しいなんて──
「ありがとう、」
私は、かすれた声で答えた。
「ううん。こちらこそ。絃音がいてくれて、本当に良かったって思ってる」
奏良くんのその言葉に、また少し、勇気をもらえた気がした。
放課後の音楽室。
私の声が、誰かの音楽と繋がっていく場所。
“彼の音”の中にいるとき、私は確かに、歌いたいと思ってしまっていた。
それは、少しずつ──私の“居場所”になりつつあった。