あの日に置いてきた恋をもう一度あなたと
「こらこら、笠井くん」

「今はそういうのもセクハラになるんですよぉ」

「そうそう。佐々波(さざなみ)リーダーが聞いてたら、きっと怒りますよ」

 あははと笑う社員たちの声を聞きながら、菜月は軽く目を開いた。


(佐々波……?)

 その名前の響きを聞いた途端、菜月を息苦しさにも似た胸の痛みが襲う。

 菜月は、かつてその名前を何度呼んだか知れない。

 あの時は、毎日何気なく呼びかけていたその名前の人と、菜月は高校の卒業以来、一度も会っていなかった。

 大学は地元を離れ、同窓会の葉書も読まずに引き出しへ仕舞い込んでいた菜月にとっては、彼が今どこで何をしてるかなんて知る由もない。


(珍しい苗字だけど、まさかね……)

 菜月の頭をそんな言葉がよぎった時、フロアの扉がガチャリと開く。

「あ、佐々波リーダー、おはようございます」

「みんなおはよう。早速で悪いが、昨日の件の進捗は……?」

「それでしたら、ここに……」

 わらわらと部下たちに囲まれ、厳しい顔でデスクについたその人は、フロアに立っている菜月と笠井を見つけて、はたと顔を上げた。
< 5 / 51 >

この作品をシェア

pagetop